患者を苦しめることにツナガル 「発達障害」 「セカンド」「減薬実践」批判 其の壱『闘い』我々が、ナニと闘ってきたのか、なんて、 なんというのか なんと、今更、まだ、問うのか
患者を苦しめることにツナガル
「発達障害」
「セカンド」「減薬実践」批判
其の壱『闘い』
我々が、ナニと闘ってきたのか、なんて、
なんというのか
なんと、今更、まだ、問うのか
それでも、
そう問うのか
そう問うのか・・・・そう問うのか・・・
しれたことではないのか・・・・
それでも、そう問うのか
笠陽一郎医師はマチガッテいる
対決スル
と、発言すると、そう問われるのか
そうか、だったら、答えよう
「見えやすいアクジ」と闘ってきたのだ
そして同時に
「見えにくいアクジ」と闘ってきたのだ
そう、その
「見えにくいアクジ」と闘いだしたときに
この同じ問いかけが
「見えにくいアクジ」のハンニンどもから
投げかけられたものだ
あんた達はナニと闘っているのかと
しれたことよ
オマイ等
「見えにくいアクジ」のハンニンどもと
「見えにくいアクジ」のハンニンどもと
「見えにくいアクジ」のハンニンどもと
そして
「見えやすいアクジ」のハンニンどもと
闘ってきたのだ
精神医療と精神医と精神福祉と
闘ってきたのだ
イマも闘っているのだ
患者をクルシメる者達と闘っているのだ
積極治療主義と闘っているのだ
社会復帰路線と闘っているのだ
健病者路線と闘っているのだ
家族会路線と闘っているのだ
我々、患者会こそが、モットも激しく酷く、残酷に
長期にわたって被害を受けてきたのだ
今も受け続けてきたのだ
受けているのだ
その我々に
アンタがたはナニと闘いたいのだ、と、そう問うのか
よろしい
問うてくれ
我々は答えよう
我々は
医者の横暴と闘ってきたのだ
医者の傲慢と闘ってきたのだ
医者の強圧と闘ってきたのだ
己が治療論を患者に覆い被せてくるヨウな
医者と闘ってきたのだ
こちら側がちょっと何か意見すれば
患者から言われるのは気に喰わんと
ケツをまくって激怒して、さらに覆い被せてくる
医者と闘ってきたのだ
患者会を無視する医者と闘ってきたのだ
医者の手下となる看護士と闘ってきたのだ
医者の下っ引きとなる心理やケースワーカーと闘ってきたのだ
医者の権力性と闘ってきたのだ
医者の専門性と闘ってきたのだ
医者の強制力と闘ってきたのだ
医者の矯正力と闘ってきたのだ
医者の病因論追求と闘ってきたのだ
医者の病因論追求の取り組みを峻拒してきたのだ
医者が正しいと勝手に思い込んでいる診断と治療を峻拒してきたのだ
笑顔で近づいてくる社会復帰路線を峻拒してきたのだ
笑顔で近づいてくるデイケア路線を峻拒してきたのだ
笑顔で近づいてくる家族会路線を峻拒してきたのだ
笑顔で近づいてくる制度政策提言路線を峻拒してきたのだ
笑顔で近づいてくる市役所の役人を峻拒してきたのだ
笑顔で近づいてくる保健婦を峻拒してきたのだ
笑顔で近づいてくる議員を峻拒してきたのだ
笑顔で近づいてくるテレビを峻拒してきたのだ
笑顔で近づいてくる優しげなガンバッテね障害者テレビを峻拒してきたのだ
患者会を無視するマスコミや、ライターを峻拒してきたのだ
患者会を利用して論文を書く学者やライターを峻拒してきたのだ
本人の意思を無視する医者を峻拒してきたのだ
本人の意向を無視する家族を峻拒してきたのだ
制度政策提言シンポジウムを峻拒してきたのだ
障害者エリートを峻拒してきたのだ
建病者を峻拒してきたのだ
手帳を峻拒してきたのだ
講師やパネリストシンポジストを峻拒してきたのだ
役人を政治屋を代議士を峻拒してきたのだ
教授や博士や研究や学会を専門家を峻拒してきたのだ
セーカツより運動を事とする病者運動ボスを峻拒してきたのだ
ありとあらゆる
精神医療と福祉と称するモノと闘ってきたのだ
ソノ我々がイマ警告を発する
セカンドと減薬実践は
笠医師と、くじら会と、早期介入ハンタイの会の
セカンドと減薬実践は
積極治療主義的気配が濃厚である
社会復帰路線につながりかねない
建病者路線と家族会路線を強化するであろう
患者会の存在と文化を根こそぎ破壊するだろう
と、警告を発したのだ
なかんずく
減薬にクルシム患者の声に対し傲慢である
と、警告を発したのだ
もっと、減薬にクルシム患者に謙虚に向き合ってくれ
と、そう警告を発したのだ。
もっともっと、減薬にクルシム病者のクルシミに共感してくれ
と、そう警告を発したのだ
減薬を取り組む場合、真剣に取り組む場合、
クスリをゼロが目標ではないことを認めなければなりません
クスリゼロが、目標ではないという事は、つまり、
0ミリが200ミリが500ミリが800ミリが、
いかなる数値も、目標ではないということです。
クロルプロマジン換算の功罪もあるのです。
数値化客観化の弊害もあるのです。
これで、すごく薬漬けに対して闘いやすくはナッタ
でも、数値化することによって、減薬する患者の想いやクルシミから、
遠ざかってしまったのです。
『数値目標ありのゲンヤク競争』
とイッタヨウナモノになってしまうんですよ
数値化は「減薬競争」になりやすくシテしまったのです。
1000ミリの患者が薬漬けの弊害と毒殺精神医への怒りを持って
999ミリに減薬できたら、すばらしいことなのです。
そして本人が決め、本人が減薬で楽になったら、それで、良いのです。
999ミリが多すぎる、と、言ってはならなかったのです。
もちろん800ミリになったら、もっと、スバラシイのでしょう。
でも、999ミリを多すぎると言ってはならなかったのです、本人に対して。
もちろん500ミリになり200ミリになったら、50ミリになったら
もっと良いのかもしれません。
でも、本人が、減薬に取り組み始めている限り
500ミリでは多すぎるだの100ミリ目指そうなど
言ってはならなかったのです。
意味がわかりますか。
これがクスリゼロが目標ではない、という、真の意味なのです。
社会復帰競争とゲンヤク競争そして依存競争
すべて右肩上がりの競争になるのです
数値化はモンダイを見えやすくする反面
本質を見えにくくするのです
つまり、見えにくいアクジにつながりやすいんですよ
適正手続化 国家資格化 近代主義化
七セットでキーサンをクルしめ続けているんですよ
大体が、いまさら、ハッタツ障害と
そんなコトバつくらなくても、
というか流行のコトバを使わなくても、
キーサン患者会はずっと言い続けてきたではないか
『健病者』
というコトバと文化をセーカツから生み出してきたではないか
健病者が薬が少なくて済み、薬がゼロになり、
社会復帰できるのは当たり前だ
だから、こう言い換えてもいい
すべての病者が健病者なのか
すべてがハッタツ障害なら、つまりキーサン患者会のコトバで言うなら、
すべての患者が健病者なのかと
チガウと想う
実感である
でも、誤診と誤処方と腐った精神医療を一人でも多く救ってくるのに、
どんどん使えばいいだけのことだ
そして、その方向に乗っていける若者達は、どんどん乗っていったらいい
特に若者達は・・・・・・
だから、入り口をふさぐ運動は正しいと想う
おそらくはソレしかないであろう
だが、しかし、
塞がれてしまう者達は、どうするのか
生きているのだが・・・
『シンデクレタライイ』
『黙って死んでイッテクレ』
というわけか、オイ
『おとなしゅうにして、口をつぐんで、早く死んでくれ』
トイウワケカ、コラ、ゴラァァァァーーァァァアア
『トツトとホロンデクレ』
『ワタシラにはカンケイアリマセン』
というわけでもあるまい
いや、そういうことなのか
それが本音なのであろうよ
『口をつぐんでおとなしゅうにしてトットと死に絶えてくれ』
トイウワケカ
笠リロンは、
おそらく、既存の精神医療の根絶にはツナガラナイ
かえって、既存の精神医療や福祉が、
発達障害方向に拡大していくときの補強材料として
利用されるであろう
笠リロンは、
おそらく、患者会を亡き者にするための補強材料として
かえって、既存の精神医療や福祉が、
発達障害方向に拡大していくときの補強材料として
利用されるであろう
笠リロンは、
おそらく、ハツタツ障害で社会復帰を目指すための補強材料として
利用されるであろう、
特に、ハッタツ障害者は
このようなサポートとサポートチームとハツタツ特性理解があれば、
人し並になれるタラ、大した人物になれるタラ、
いやいや、本人の才能が開花するんやーー、という、
つまり半端者センセイ五職にナレルゾーーーという
自立を目指すシンドイ生き方をやらなくても良いぞーーーという
ハッタツ音頭シャカイフッキ音頭の唄と踊りにあけくれる十年間を補強し、
健病者文化の社会復帰路線を強化し、
ベテルムコガヤチ、コラルマキコなどを、次々と、生み出すであろう。
笠リロンは、
おそらく、既存の精神医療の根絶にはツナガラナイ
そして、その音頭の踊りが一段落する十年後を見てみたらよい
一体ナニが、残っているかを
笠リロンは、
おそらく、反社会復帰というキーサン文化を
働かない権利というキーサン文化を
さらには「生命の底で居直る」という
キーサンそのモノのイノチを
徹底的に亡き者にするための補強材料として
利用されつくすであろう
惜しいことであった
笠リロンは、
おそらく、社会復帰路線という
右肩上がり家族会路線を
延命再復活にするための補強材料として
利用されつくすであろう
惜しいことであった
惜しいことであった、本当に惜しいことであった。
ハッタツ音頭とシャカイフッキ音頭とゲンヤク音頭とケンビョウシャ音頭で
踊った十年後、
ペンペン草も生えてはいないだろう。
理由は四点ある。
一点目
なぜなら、どんな音頭であっても、どんなによく見える音頭であっても、
それについていけないものは必ず出てくる。
漏れるニンゲンは必ず出てくる。
落ちこぼれるニンゲンが出てくる、からである。
キーサンと言おうが、ハッタツ障害と言おうが、
ケンビョウ者と言おうが、
必ず、弱い者、重い者、シンドい者が残されるのである。
ゲンジツと歴史が証明するところである。
二点目
『パスポートは特性理解』
の路線で進めば、
これは、理解者を、できたらサポーターを、できたらサポートチームを
私のまわりにつくってくれれば、私の才能は花開くという
踊りになるからである。
セーカツするタメではなく、
才能を花開くというタメのサポートチームがいるのだ、
私の回りに作って専用のサポートチームを作って
作って作って私だけのサポートチームを作って
というような競争になるからである。
そして、うまくいった、少数だけがもて囃され、テレビに出演し、
講演と公演をして歩き、宣伝されるであろう。
シャカイフッキ路線の中でも最も悪辣極まりのない醜悪な激烈な、
『依存するシャカイフッキ競争』
『シャカイフッキのための依存競争』
とイッタヨウナモノになるであろう。
依存を深めながら、社会復帰を目指す、だと、、、
依存される専門職は、飯の食いはぐれが無い。
その上に、母親達にも、依存は続く
ムカシ、社会復帰は自立への道と、宣伝された
ソンナことは、できやせなんだ。
だというので、こんどは、
これからは、母親に支配されて、専門職に依存を深めて、
社会復帰という、
ことになっていくのである、これが、
発達障害概念の持つエグい側面である。
そうかぁぁぁーーー
自立自尊自衛自炊自レク自闘を目指すより
依存を目指すのかぁぁぁぁーー
シンドイことはやらなくてよい理論的支柱ができたわけや
次に書く2点は、みんなで話しあっていたときに、
とある若者が2人言いはじめたことである。
友の会の、この若者達が、こういう視点が抜けていますよと
言い始めたことが、良かったなぁぁぁと、想ったのである。
三点目
一つは治安的、保安処分的視点である。
この音頭で踊っているうちに、精神病では捕らまえられなかったような、
奇人や変人をシャカイの治安を乱す者として番号をふれるということである。
しかも、このハッタツ音頭は
シャカイの治安を乱しそうなものを
幼児のうちから、まさに「早期」のうちから
ピックアップできるだろう
ということである。
さらに、しかも、この番号を振っていく過程で
才能を花開かせるためのサポートチームと引き替えだと言われた場合、
この踊り手達は、それを拒否できるのであろううか?
手帳なんてものとは質のチガウものと引き換えですよ、早い者勝ちですよ
と言われた時、ハッタツ障害者たちは自主的に群れ集まり
ナニカを売り渡すことになろう
四点目
最後の視点は、特性理解者サポーター、サポートチームなどとは
結局のところ、精神医療と福祉が発達障害方向へ拡大していくときの
ボロ儲けのタネになるであろう、ということである。
クスリと電気ショックと四肢拘束で儲け、
ハッタツ障害のミナサンへのサポートチームでも、
また、ボロ儲けするのである。
精神医療と福祉は、根絶も縮小もしていかない。
拡大していくのである、オソロシイ。
NHKから金もろうて、議員様相手に、
法整備、制度政策おねだり講演会、開きくさった、
笠セカンドからとうとう、当事者が
悪辣極まりない障害当事者が羽化を始めましたよ
バカバカしい
その根源には、この想いが、横たわっている。
だいたいが、ナンダか
キホン、親の学歴と収入が高いみなさんが、良くなるだけの
そういう路線のように想う
これは、えばっちのヒガミなのか・・・・
でもナンダか、ビンボーで、セイホで
一人暮らしの、病院暮らしの、高齢の、病者は
おいていかれそうに、想う
そう、昨年の夏、前進友の会では
高齢の入院中のなかまを含めて
三人のナカマが、亡くなっていった
一人のナカマは一度も退院することなく
一人のナカマは精神病院に戻って老後を送るしかなく
一人のナカマは若くして癌で亡くなっていった
三人のナカマが死んでいった
そのうち、二人までは
高齢で
身よりもなく
「ハッタツ音頭」「ゲンヤク音頭」「セカンド音頭」
なんてモノの踊りには、なんの関係もなく、
死んでいった
そう、そんな音頭の踊りの、
はるか以前の状況のモンダイでした。
一人は、精神病院に家族によって捨てられ、
一度も退院することもなく、誰も面会に来ることもなく、
死んでいきました。
病院の共同墓に、ぼくたちが、納骨してきました。
クスリの内容云々カンヌンの
診断名の正しさ云々カンヌンの
はるか以前のモンダイでした。
精神病院に捨てられて、誰も、来ない、
そんなセーカツが、何年続いていたのだろうか、
えばっちが、初めて入院する遙か以前から、
入院されていた様子でした。
週に一度行くことにしている、
友の会の面会を、楽しみにして
おられる様子でした。
もう一人のナカマも、「ハッタツ音頭」なんて、
はるか以前のモンダイでした。
この春から夏への状況では、
ぼくたちが言っていたのは、
ともかくCTを撮ってくれ、
血液検査をしてくれ、でしたからね。
血液検査は、してもらえましたが、、、、、
結局は、CTは、撮っては貰えなかったですからね・・・・
えばっがサイゴに行った面会で、
アイスクリームを食べて貰えたのが、
今から想うと、ヨカッタ、と、つくづく、想います。
その面会の時、食事介助はさらちゃんが、やり、
そう、あの時、売店まで走っていって
アイスクリームを買ってきてくれたのは、誰だったか。
えばっちは、病院までの運転係と、
交流のため来られたライターさんを案内して、
観察法に引っかけられたナカマが、
またもや保護室に入れられたので、
ナントカ看護士さんと交渉して、その保護室に入って、
面会していたのでした。
食事介助をしているさらちゃんを、病室に迎えに行って、
「またね、Rさん」と言って手を振ってわかれたのが、
えばっちとしては、サイゴになりました。
翌週の月曜
また、別の病院訪問チームが、行ったのが、
友の会としては、サイゴになりました。
そして、
ぼくたちが、お骨拾いも、共同墓への納骨も、したのでした。
こういう中年高年老齢高齢、生保、ビンボー、身より無し、
一人暮らし、ずっと病院暮らし
という
病者の想いが、無に、帰されていくでしょう。
「ハッタツ音頭」「ゲンヤク音頭」「セカンド音頭」
の踊り手のミナサンが
精神病院の入り口を外から塞ぎ得た時
その中で、死んでいくのは、こういうナカマたちです。
そして本当に今も死んでいきます、次々とね。
早く、死んで、滅んでいってくれ、というわけでしょうかね。
そしたら、ハッタツ音頭とゲンヤク音頭とセカンド音頭で、
楽しく踊れますからね・・・ケンビョウシャ音頭も、かな・・・
シネと言わないまでも、トットと、静かにじっと黙っとってくれ
世の中の片隅におってくれ、早いトコ消えていってくれ
死に絶えるまで・・・待ちきれん、というわけか
未や
滅びかかったキーサン患者会は
死者とともに進んでいくのか
死者とともに叫ぶのか
精神病院の中で死んでいった
殺サレいていった幾万幾百万幾千万の
死者達と一緒に叫ぶのか
殺されていった死者達ともに叫んでいこう
と、想う、、、、、、
生者ではなく死者達とともに・・・・
なるほどキーサン革命の鬼とは
なるほど怨念とは、魑魅魍魎とは、、、、、
これは、やはり結局のトコロ、
笠陽一郎医師の疾病観、治療論、医療観、運動論の
モンダイです。
笠陽一郎医師が
百パーセント発達障害や、と言い
百パーセント精神病はない、と言い
それを、えばっちに証明してやる、と、言い放った
そこがモンダイなのですから・・・
精神病がアルというなら証明してみろ、と言い
精神病がアルと言うなら、岡江や中島らと、一緒じゃ、と言い
それは単なるアィデンティティ・クライシスじゃろ、と、言い放った
そこがモンダイなのですから・・・
減薬でクルシンでいる患者さんは
ドウなるのですか
減薬してもうまくいかなかった病者は
ドウなるのですか
就学でクルシンでいる患者さんは
ドウなるのですか
復職してもうまくいかなかった病者は
ドウなるのですか
笠医師とウマがあわなかった患者さんは
ドウなるのですか
大量投薬とともに大量減薬の問題でもあるのです
大量投薬の後に大量減薬でも、クルシメ、とでも
言うのでしょうか
大量投薬のモンダイは、大量殺人毒殺投薬
だというだけではなく、
我々が、決めることができなかったという
モンダイが大きいのです。
だったら、大量減薬は、そう、ここでもまた、
我々、患者本人の意向が無視されています。
大量投薬を批判しての大量減薬なら、
まず、本人の了解を取るべきだったのです。
大量投薬から患者を救う、
という、なら、まずは、
その救われるべき患者に
大量減薬のクルシミとリスクも、説明して、
本人の意向にそって行われるべきだったのです。
ムチャクチャなコトを言っているのが分かりませんカネ。
正しい鑑別診断はジブンにしか出来ぬと、言い、
他は全部間違っていると言い切った
精神病とハッタツ障害の二軸論なんてものは妄言だ
と言い放った
笠医師は、
外来診察を持たずに、、、、持たずに、、、、、言っている
患者本人の意向を聞かずに、、、、聞かずに、、、言っている
ならば
ウマがあわない患者さんはドウなるんですか
ゲンヤクしてもしてもしてもしてもしても
してもしてもししししてもしてもしてもももしてもしもてもしてもしもも
うまくいかない病者はドウなるんですか
こんどは、かえって
ハッタツという診断とゲンヤクにクルシンでいる患者さんは
ドウなるんですか
「ハッタツ音頭」「ゲンヤク音頭」「セカンド音頭」
で、うまくいくミナサンは、いったらいい、、、、
ソコに反対はしていませんよ、
それは、ヨカツタナァァァァーー
ヨカツタジャナイカァァァァー
というダケのことです
デモうまくいかない患者もいるんダヨ
というダケのハナシなんです
減薬のクルシみが深い、ものすごく深い患者もいるんダヨ
というハナシなのです。
うまくいった者より
うまくいかなかった者にこそ
基準をあわせるべきなのです。
そうでないと、
社会復帰路線につながるのではないのですか
と、言っている
家族が、親の会が、中心になれば、
ソウなるのでは、、、と言っているのです
そもそも、事の初めから、笠医師に、電話のたびに言ってきました。
くじら会が、全家連のようになるおそれは、ないのか・・と・・
このママでは、ママたちは、全家連のようになりますよ。
笠医師、あなたが、新しい全家連をこしらえたのです。
クスリがゼロになって、就職就学復職復学することが、
目標なのか、
基準なのか、それが基準になるのか
カンベンしてくれよ、と想います
それから漏れる病者はでてきます
どう考えても、この減薬路線と復職復学就職就学路線から
こぼれ落ちる病者や落ちこぼれる患者は出てきます
しかも、落ちこぼれた患者を、ある種片隅に置いたママで、
クスリがゼロになり就学就職に成功した我が娘や息子を中心に
ママさん達が専門職たちがハツタツ当事者の会を作るのです。
ママさん達の家族会傘下にできるのです。
『シャカイフッキのための依存競争』
『サポートチームへの依存競争』
『ママに支配され頼りっぱなしの障害者』
『福祉職員医療職員に支配され
頼りっぱなしの障害者』
『家族会傘下の当事者会』
とイッタヨウナモノになっちゃうんですよ。
これって、結局、マンマ
ハツタツゲンヤクバージョン
エンドレスリピートですよ。
片岡聡をみてごらんなさい
山はどうやって登るのだ
エベレストを無酸素登頂したニンゲンと
大文字山しかのぼったことのないニンゲンが
どうしたら、一緒に山に登れるのか
どんな山なら、一緒に登れるのか
誰にペースを合わせたら、登れるのか
目標はエベレストなのか
それとも大文字山登山か・・・・
山は、登りたいから登るのか
それとも、誰かに登らされるのか・・・
クスリがゼロになって、クリニックやNPOの当事者スタッフになって、
賃金ももらって、
頑張れば私のようになれますと
講演して公演してまわっているハッタツ障害者は、
健病者そのものではないのか。
障害者エリートの醜い音頭デスヨ
サポートチームに依存する障害者エリート、とは、トホホホホ
しかもしかも、そもそも、
本当にハッタツ障害なのか、健病者ならまだしも、
なんでもなかったのではないか、
それなら、健常者ではないのか
それを、基準や目標にされては、キーサンは生きにくい、に、
決まっている
だから、卒業していってもらいたいのだ
クスリがゼロになって就学やら就職やらに成功した当事者のみなさんも
その母親のみなさんも、卒業していってもらいたい、のだ。
卒業することなく、残るのなら
残るのなら・・・・
ハラをくくって、残って欲しい・・・
そのハラのくくり方を、まちがっていやしないのか・・・・
そう想う
残るのなら
ハラを括ってくれ
歯を喰いしばって
さもないと、あっという間に
ハツタツ障害概念のあまりの広さ、と、
そして、先天性、というトコロに、引っかかるのは、
えばっちだけなのか、、、、、、
ハッタツ障害だけなんや
精神病はないんや
100パーセントハツタツだけなんや
というトコロに
引っかかるのは
えばっちだけなのか・・・・・
そして健病者達をリヨウしたところの歴史の改竄
歴史のすり替えに
或いは
建病者達が意識的にやりだすか、
とにもかくにも、
一役も二役も、つかわれることだろうと、想う。
第二第三の
山本ミユキ、山本マリ、加藤マキコ、広田カズコ、関口リュウガンが
出てくるぞ、それは、誰になるのか
リトプ片岡聡博士だけなのか
第二第三の
岡江、田原、富田、中島が出てくるぞ
それが内海聡だ
内海のアンポンタンを生み出してしまったことに
もっと危機感を抱くべきだったのだ
育て上げてしまったのだから・・・
羽化させてシマッタのだから・・・
第二第三のプシ共闘や精医研が出てくるぞ
第二第三のクラブ方式寺谷ゼンカレンゼンセイシャキョウ桶谷
ヤドカリ谷中ベテル向谷地がでてくるぞ
それがノンラベル田井ナノだ
そして羽化本嶋田和子ナノだ
本当にこのままだと、
全家連、全精連、病者集団、プシ共闘を
我々が、さらに、新型にして作り上げていくのか
内海のように嶋田のように片岡のように羽化させてやるのか
さらに、ソレは足元から羽化すると、想う
足元から・・・・本当に身近な足元からソレは、始まる
ひょっとすると
これからキーサン患者会が
死に物狂いで闘わなければならなくなる、ヨウナ、
ソンナ
家族会が羽化するかもシレナイ
当事者会が羽化するかもシレナイ
結局はくじら会は、全家連化するのか
結局はハッタツ当事者の会は全精連化するのか
だから、ずっと、前から言ってきたではありませんか、
笠さん、電話で、何度も、聞いたじゃないですか、
くじら会は、結局家族会になるのでは・・・・と、
そんなことにはならん、大丈夫じゃと、言いましたよね。
いーーや、羽化するんですよ。
えばっちは、くじら会はいずれ、全家連となると想いますよ
しかも、ママさん達は、家族会のおひざ元に
我が息子や娘や、セカンド相談者のハツタツ当事者会をつくるのです。
家族会の傘下のもとに、ハッタツ当事者会ができ
そのハッタツ当事者たちは、専門職からサポートチームを
こしらえてもらい、ずっとママさん達の傘下で生きるのです。
くじら会はいずれ、家族会として羽化するんですよ。
ハッタツ当事者会は、ママとサポートチームに依存を強めながら
ハッタツゲンヤクバージョンエンドレスリピートとしての
全精連か病者集団かデェイケアかセルプヘルプグループか
NPOリトルプロフェーサーズカタオカハカセとして羽化するのです。
嶋田和子を見てごらんなさい
嶋田和子は、シッカリ羽化したなぁぁぁ
西の田井東の嶋田
まさに最大限にハツタツをつこうて
半端者センセイ五職方向に
ジブンのジンセイを切り開く羽化を成し遂げたのは
内海とこの二人だったのだ・・・
そして当事者として片岡聡が・・・
片岡を羽化させてやったのは笠医師、あなたですよ。
えばっちも、甘いよなぁぁぁぁぁ
あまかったなぁぁぁぁぁナナぁーー
そしてソコに群がるヤタラとヤカラなレンヂュウなわけです
そして次は悪辣ハッタツ博士こと
片岡聡が羽化するんですよ、障害当事者としてね
笠医師、あなた、サポートあったら才能が花開く、トカいうタワゴトと、
精神病院の中で、看護士に殺されないように、なんとか生き延びたい、
外に出て、なんとか町や村で暮らしたいトイウコトを、
ドコカで、ひっくり返してシモウタのを、
ブザマに「すり替え」てしもうたのを、
まだ、気づかんのですか。なさけない
それでもなお
早期介入問題を考える会があるからこそ
まだ、会内の意見対立だと、表現できるし、
まだ内部矛盾と
外に向かって、言える
会がなくなるか、実査機能しなくなったら・・・その時は
敵対矛盾と化す
容易に
その時は、全家連と闘ってきたようにくじら会と闘うことになる
その時は、病者集団と闘ってきたように早期介入の会と闘うことになる
その時は、全精連と闘ってきたようにハッタツ障害当事者の会と闘うことになる
七割方正しいと、言っていたことは、自己批判しなければならない
嘘であったのだから
多数の方がは実はうまくはいかない。
ゼロにした途端再入院もよくアル
ソコをよくよくワカッタうえで
本人の了解のもとに、
でも、一割はゼロにナルンダカラ
ドンドンやったらいい
この武器道具をつこうて、ドンドンやったらいい
ソコがワルイとは言っていないのだ
薬が多すぎる殆ど全ての精神医どもと、
闘うに、とても素晴らしい斬れ味の良い『道具』『武器』だ
と、言っているのだ
でもその『道具』『武器』は、とても、
扱いにくい『道具』『武器』ナノダ
キーサン患者会が、
地を這うようにこしらえてきた
地を這うようにして、生み出してきた
反社会復帰や働かない権利、ボチボチやろうぜキーサンペース
高学歴より低学歴、高収入より低収入
病気が軽いより重いナカマ、ナーンも出来ないことバンザイ
『生命の底で居直る』
といった
『キーサン文化』
を、歴史から抹消してしまうくらいに・・・
扱いにくいものなのだ
扱いにくい『道具』『武器』ナノダ
キーサン患者会が、を、歴史から抹消してしまうくらいに・・・
扱いにくいもの・・・・・
「見えやすいアクジ」と闘い
「見えにくいアクジ」とも闘い
さらには
「すり替えアクジ」とも
闘えば、
闘えば、患者会は、
さてさーーてさてさてどうなるのか
闘ってやろうではないか
キーサン患者会サイゴの闘いを
見るがいい
見せてやろうじゃないか
精神病は無い、全ては間違いや、全てはハッタツ障害なんじゃと
ぬかしおるヤカラに
目にもの見せてくれようぞ
それが
たとえマチガツタものであったとしても
歴史的一回性の中に生きた
「生命の底で居直り」続けてきた
キーサン患者会の文化と誇りは、そして、叫びは、
なかなか、消せない、ぜ、、、と想うのである
それがキーサンサイゴの闘いになりそうなんである
外輪の外向きに対して
笠さんと割れそうだ、ということを、知られたくは、なかった。
割れたら、いつものご一統サンが、
大喜びスルだけだと、想ったんですよ。
知られないようにしようとしたこと、
そのことが、結局、ワルカッタのだ、
そのことが、えばっちのしくじりだったのだと、
今は、想います。
おおきなおおきな、えばっちの自己批判です。
内輪の内向きと
内輪の外向きと
外輪の内向きと
に、もっと、大事なことが、アッタのにね・・・・・
七割正しいと、言っていたのです、が、ね。
十割正しいと、言わなければ、許しては貰えない
ソンな雰囲気と空気を、読め、というわけなんでしょうかね。
アホじゃなかろうか。
えばっちは、自己批判しますよ。
笠医師はワザとに嘘を言っていた。
えばっちは、その嘘を支持してしまった。
笠医師に直截聞いてみたらいいのです。
ほんとうに、聞いてみたらいい
ソウだソウだ、この際、ハッタツ障害者のみなさんが、
働きやすい職場環境を探したかったら、
一つのたとえとして
やすらぎの里共同作業所の
正規スタッフとアルバイトスタッフの
みんなの部屋での働き方を、労働条件を実際に見てもらったら
良いと想う。
これは皮肉ではない。
本当のことである。
精神病者の通所者【役】が20人いれば
健病者のスタッフ【役】が3人
社会健康労働保険年金全部コミ付き正規労働で、
年収@@@万近くの
職員になれる
と言うものナノである。
しかも、しんどかったら、休み放題である。
出退勤もほとんど、自由である。
スタッフは、自由というより、
どちらかと言えば、1700時過ぎたら、早く帰ってくれ
と言われるのである。
顔色が悪かったら、早く帰って休んでくれ
と言われるのである。
前の晩眠れなかったら、帰って寝てくれ
と言われるのである。
しんどかったら、真ん中の自立の部屋で寝ていてくれ
と言われるのである
あんまり一所懸命シゴトせんでもいいぞ
と言われるのである。
あんまり根を詰めてシゴトしてたら、もっと休んでくれ
と言われるのである
新所長は、体調不良で、最も頻繁に長く、休んでいるのである。
新職員は、やっと、落ち着いていられる職場に巡り会ったのである。
なぜなら、患者会が設立し運営しているからである。
皮肉ではなく、、、でも、しかしながら、、、、、皮肉ぽく、
ある種のハッタツ障害者の社会復帰路線に
最も理想的なある種の職場環境なのが
患者会設立の
作業所かもしれないというのが
皮肉と言えば皮肉である。
だからこそ、その意味でも交流をしませんか、
と、言いたかったのではあるが・・・
もっとも福祉スタッフ志望のハッタツ系のセーネン達で
溢れるのは、コマルのではあるが・・・・・
実際に、ここのセーカツを見に来て貰いたかったなぁぁぁーー
味わって貰いたかったなぁぁぁーー
もっとも、このガキャこういうゲンバシゴトには、見向きもせんでしょうがね
本当にハッタツ音頭で既存の精神医療をすべて破壊できるのか
ゲンヤク音頭が、既存の精神医療を全て破壊できるのか
電気ショックを止めろ、四肢拘束を止めろ、保護室を止めろ、
看護士の暴力を止めろ、大量薬物投与を止めろ、閉鎖病棟を止めろ
止めろ止めろ止めろと、叫んできた
大量多種多剤薬物投与にはよく効くダロウ、
でも、他のことには・・・
保安処分には・・・生保の改悪には・・・措置入院には・・・
電気ショックには・・・ロボトミーには・・・観察法審判の判事には・・・
えばっちが、
サイゴに医者に問うのは、いつもコレです。
サイゴに家族に問うのは、いつもコレです。
オレたちは、クスリを盛られた立場です
アナタたちは、クスリを出している立場なのです。
クスリを、飲まされたのは私たちです。
アナタたちは、親も含めて、クスリを飲んではいない。
減薬するのは、クスリを飲まされた私たちなのです。
アナタたちではない。
笠陽一郎医師にもくじら会のママさんにも
問うだけのことです。
相も変わらず
オンナジコトヲイッテイル
「オマエハホントウニタダシイノカ」
と
前進友の会 キーサン革命の鬼えばっち 江端一起
2013/5/19の集会終わって書き始めた、、、、遅かったカモシレナイ、、、
いやはや、あまちゃんだった、アマカッタナァァァァーーー