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三点目 発達障害の概念が、範囲が、 無制限に無定見に拡大していき、 ついには、意味不明となる

三点目
発達障害の概念が、範囲が、
無制限に無定見に拡大していき、
ついには、意味不明となる
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そもそも、ムチャクチャな意味不明的な、あいまいで広すぎる障害概念ダカラである。ナンデモカンデモ発達障害に為ってしまうのである。ムカシなんでもかんでも、分裂病だったが、今度はナンデモカンデモ発達障害なのである。知的障害、自閉症、精神病、奇人変人、その他モロモロをすべからく、発達障害だ、と言い切ってシマッテいるのである。オソロシイことである。
もっとも、アンポンタンな状況は、精神病は存在しない、アルのは発達障害ダケである、とまで、言いだしているのである。しかもしかも、その診断基準たるや、お粗末トシカ言いようのないモノなのである。
ある医者の発達障害の診断基準を聞いたときに、腰を抜かしたのである。得々と語る、その診断基準は、ドウとでもトレれるシロモノで、なおかつ、ムカシの人格障害概念と、ソックリ同んナジモノなのである。しかも、当の精神医は、そのことに気づいてもイナい様子なのである。ナニを寝ぼけているのか、アンタは今、一人の患者を、発達障害の名のもとに人格障害である、と、診断しテシマッタたことに気づきもシナイのである。しかも、知的障害のセカイのみなさんが、セーカツとしてもウンドーとしても、営々と積み上げてきた、「暦年齢に見合った発達レベルがある」と云う「発達保障論的」な腐った概念に対する批判の数々を、アッサリ否定してしまっていることに、気づくことも出来ないでいるのである。そらおそろしく、寒々としたものが、背筋を走ってしまい、アホらしくて、その医者を批判することすら、アッケにとられてしまい、出来なかった次第である。ナサケナいハナシである。
余りにムチヤクチャな曖昧で範囲拡大増加の概念故に、とうとうムカシながらの人格障害、精神病質、発達保障論の再復活とともに、ドンなニンゲンにでも、貼り付けられる、まことに便利な名札と化してシマッタ。腐った専門家の諸君には、まことにケッコウな重宝な名札を、監察札を手に入れたのである。
心理と精神医と教育者どもは、ウハウハであろう。おっと治安監督官連中もね。

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四点目
社会復帰にも、減薬断薬にも、
ついていけない者は、必ず出てくる
オモタい者は、ついていけなくなる
しかも、ついていけないのを本人のせいにする
結果、
社会復帰したいような社会なのかどうかと云う、キチガイの根底的な社会批判を無にする
ゲンジツには、キーサン病者のセーカツゲンジツ側から言わしてもらえば、
どんな音頭であっても、どんなによく見える音頭であっても、
それについていけないものは必ず出てくるカラダ。
漏れるニンゲンは必ず出てくる。
落ちこぼれるニンゲンが出てくる、からである。
キーサンと言おうが、発達障害と言おうが、
ケンビョウ者と言おうが、
必ず、弱い者、重い者、シンドい者、ツライ者、クルシイ者
ナニも出来ない者、が残されるのである。
ゲンジツと歴史が証明するところである。
おもたい者が、取り残され、忘れられ、隅っこに追いやられるのである。
そして、そのより重い者シンドい者を、より、強く苦悩の淵に追いやるのである。
キーサン患者会の積み上げてきた文化とは、真逆の、
障害者発達保障競争文化の行きつく先は、
弱い者、重たい者の、切り捨て、見殺し、自殺推進圧力ですわ。
社会復帰競争、社会参加競争、社会貢献競争、減薬競争、断薬競争、就労就学競争の敗者は、ドウなるのか、と、言っているのである。
ソコニは、そもそも、社会復帰したいような社会なのか、と云う我々キチガイキーサンの根源的な、この世の中の在り様に対する問題提起を、限りなく、矮小化し、無くすることになっていく。
リクツではない、
まず最初の関門、減薬競争のゲンジツをとくと、再考してみればよい
なかなか、ゼロには、ナランのよ、しかもしかも、ゼロに為らなかったことを、
本人のサボリや、努力の足りなさと云う、本人のセキニンに帰すと云う、
社会復帰敗者の原因は、患者本人にある、と云う
無慈悲限りの無い悪辣さなのである。
それは、結局は社会要因、環境要因の
限りない矮小化と無視に繋がっていくのである。
まず、減薬、断薬、社会参加、
そこに、ついてはいけないおもたい高年中年老年の
生活保護の入院生活の長い長い精神病者は、ドウなるんでしょうかね
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五点目
社会復帰競争の末に依存競争に陥る
障害者、患者の社会に対する、根源的問いかけを矮小化しつつ
『パスポートは特性理解』の路線で進めば、
これは、理解者を、できたらサポーターを、できたらサポートチームを
私のまわりにつくってくれれば、私の才能は花開くという
踊りになるからである。
セーカツするタメではなく、
才能を花開くというタメのサポートチームがいるのだ、
私の回りに作って専用のサポートチームを作って
作って作って私だけのサポートチームを作って
というような競争になるからである。
そして、うまくいった、少数だけがもて囃され、テレビに出演し、
講演と公演をして歩き、宣伝されるであろう。
シャカイフッキ路線の中でも最も悪辣極まりのない腐臭のする醜悪で激烈な、
『依存するシャカイフッキ競争』
『シャカイフッキのための依存競争』
『社会貢献競争の勝者と為るための依存競争』
とイッタヨウナモノになるであろう。
依存を深めながら、社会復帰を目指す、だと、、、
依存される専門職は、飯の食いはぐれが無い。
医療系、福祉系、に加えて、教育系の専門職はアハウハアハウハなのである
その上に、母親達にも、依存は続く
ムカシ、社会復帰は即労働は即自立への道と、宣伝された
ソンナことは、できやせなんだ。
だというので、こんどは、
これからは、母親に支配されて、専門職に依存を深めて、
社会復帰という、ことになっていくのである、これが、
発達障害概念の持つエグい側面である。
より重い、シンドイ障害者から、お年寄りから、
所謂「社会福祉資源」「福祉」を引き剥がしてでも、依存させてくれ、
に繋がっていくのである。
自立ではなく、依存に基づく社会復帰路線は、おそらく、とてつもない、
障害者間の、エラく為りりたい競争と健常者化競争を、惹起させ
それは、トコトンまでの依存競争を招き、
その依存度により社会復帰の程度が決ると云うコトに為ろう。
コレまでは依存度が低く就労する方が社会復帰だと、考えられてきたのだが、
ナントこの場合は、依存度が高ければ高いほど、才能が花開き、社会貢献も出来、したがって社会復帰度も高い、と云う、実に実に、
ナンダカ二重逆転化したような空恐ろしいことに為るであろう。
そうかぁぁぁーーー
自立自尊自衛自炊自レク自闘を目指すより
依存を目指すのかぁぁぁぁーー
シンドイことはやらなくてよい理論的支柱ができたわけや
依存したい発達障害者のみなさんも
依存させたい「依存サセ屋」の医療系福祉系教育系従業員も
アハウハアハウハバンバンざい、と云うトコロでんな
その依存競争の果てにあるモノとは、そも、障害当事者にとってナンなのであろうか、ちょっとばかり、考えれば、直ぐに、わかることである。




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