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「カリタス小事件」を想う  進め患者自治会  生き延びるために  みんなで、作業所でココで、ココの場で 患者自治会をこしらえて お互いに支え合って生きていきましょう 「他人を殺してしまわないように」 「ジブンを殺してしまわないように」 「世間様や親や医者から殺されてしまわないように」 希望は、あります、とてもあるのです

「カリタス小事件」を想う

 進め患者自治

 生き延びるために

 みんなで、作業所でココで、ココの場で

患者自治会をこしらえて

お互いに支え合って生きていきましょう

「他人を殺してしまわないように」

「ジブンを殺してしまわないように」

「世間様や親や医者から殺されてしまわないように」

希望は、あります、とてもあるのです

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 「なかまをつくろう」と言っています。「なかまをつくって生き延びよう」と、言い続けてきたわけです。「世間様や親や医者に殺されてしまわないように」「他人を殺してまわないように、ジブンを殺してしまわないように」なかまをつくって生き延びよう、支え合って生き延びようと、言っているわけです。「患者会」を開き続けると云うのは、ソウ云うことなのです。いつでもどこでも、いつまでもどこまでも、徹頭徹尾「なかをまつくろう」「なかまをつくってなかまとともに支え合って生きよう」と言っているわけです。「他人を殺してしまわないように」「ジブンを殺してしまわないように」「世間様や親や医者に殺されてしまわないように」するには、「なかまとともに、弱いものは群れ集まって、お互いに支え合って」しか生き延びることはできないんですよ。それを「患者会」と言うダケのハナシです。

 「池田小事件」の時も「秋葉原事件」の時も「相模原事件」の時も「カリタス小事件」の今回も、えばっちは、このジケンをドウ想う、ドウ考えたらエエのやろと云うことを、なかま達からも、医療従事者達からも、聞かれてきました。それは、えばっちの役割なのかもしれません。だから、ソウ聞いて頂けるのはありがたいことなのです。そしてそのたびに、答え続けてきました。これからも、出来うる限り、えばっちなりに答え続けたいと想います。ありがたいことです。でもまぁ、同じコトを言い続けているんですが、、、あれは、01年の8月号だったか、ロシナンテ社の「むすぶ」にも書いてきました。「赤いむすぶ」と言われている号です。「福祉労働153号」にも書いてきました。同じことを言い続け書き続けてきました。

 報道が続けば続くほど、シンドくなってきます。テレビがやればやるほど、シントくなってきます。ナンなのかこのシンドさは、、、、と想います。なかまたちも、シンドそうにしています。だからだから、書き続けます。言い続けます。同じことを飽くことなく書き続けます。そうしないと、ワカラないコトをさもワカッているフリをしながら、またもやのホーリツや政策や制度やをイジクって役人や専門職やギインやマスコミが寄ってたかってロクでもないモノを作ろうとして来ますから、、、クルシいシンドいハナシです。

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 ボクの心の奥底には闇がアルんですよ。ボクと彼は一緒です。彼らとボクは、一緒なんですよ。ボクは彼と一緒なんです。チガウけれども、一緒なんです。一緒だけれどもチガウんです。でも、彼らと同じものがボクの中にも、確実にアルんですよ。ボクと彼らとは一緒だ。でも、同時にチガウと云うのは、ボクが彼らのようにはならなかった、ギリギリ為らなかったのは、それは、ただ、ただ、ウン良く、「前進友の会」と云う患者会に「なかまとともに在って」「支え合って生きていこう」と云うセーカツがアッタからなんです。だからそれしかないんだ、と言い続けてきたのです。矛盾したままで、ナヤみ合いながら、スッキリとはしないまま、あの赤い「むすぶ」の時から、、ね、、、己が加害者性、暴力性、復讐心、恨み、辛み、妬み、怨み、怒り、復讐心と暴力心と破壊心にも向き合わなければならないんですよ、彼らと同じモノが心の奥底に『鬼』としてシッカリと在るんです。一緒です。だけれども、チガウ。ギリギリのトコロでソウはならなかった、それは、なかまとともにセーカツしていたからなんですよ。そしてそれは、しかも、ただのなかまではないんです、『加害と向き合う』『己が加害者性とも向き合い続けている』なかまたちと一緒に生きてきたからなんです。そのなかま達と、群れをつくって、グループでセーカツし続けている事、それをキーサンの仁義と団結と言い患者会と言うのですが、そのコトだけが、えばっちの中の『鬼』や『彼ら』を押し止め、どうにかこうにか慰撫して誤魔化してくれているのです。ありがたいことだ。

 

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 だから、キレイ事を言うなって云うんです。「アレは、特殊な例で、我々のようなまじめにやっている心優しき障害者とは無関係です」「関係なんかナイんです」なんて、ウソを言うたらアカン。ソンなモンキレイ事や。もちろん、また、これらのジケンをキッカケに、またもやの法律の改悪や、観察法やイロイロ出て来るでしょう。マスコミも議員も世間様とやらも、我々を閉じ込め引き出し殺そうとしてくるでしょう。で、その反対運動の側だって、キレイ事バカリ言うんですよ。「良心派改革派専門職」もイロイロ言うでしょう。だけれども、この一点が決定的に抜け落ちているので、いつもいつも、的外れなことを言っている、キレイ事を言っている、としか、えばっちには想えないんですよ。「心優しき当事者で品行方正に暮らしていて、暴力なんてない」だから、ご丁寧にも、「ひとりも排除することはしない」とまで言い切れる、、、、キレイ事の極みだ。だから、結局は「保安処分推進シミンとギイン」の諸君らにオカシなコトを提起してしまうんですよ。しかも、ワカら無いことをさも、ワカッタかのように言う。ワカラないことはワカラナいんだと、素直に言ったらいい。ソコから出発です。実際ワカラないんですよ、ホントのことは、いくら心理や精神や社会の専門職学者たちがエラそうに言ったって、、、、ワカラないことは、ワカラないままで、矛盾していることは矛盾したままで、問題の解決を目指すのではなくて、そもそも、モンダイを解決するコトなどできやしないし、ムリに解決しようとすると却ってオカシなコトに為る。だから、ナヤみ合いながら、クルシみ合いながら、自分達のゲンバで、当事者たちと一緒にワカラナい続け、矛盾しつつけ、ナヤみ合い続け、クルシみ合いながら、一緒に同じ場で、飯を喰い、糞をし、レクをし、笑ったり、悲しんだり、怒ったり、ニクマンありのセーカツシタラいいのです、スタッフ側と通所者側で立場が違っても、、、それが、支え合って生きると云うコトだ。それを患者会でやるのか、それとも、作業所で作業所患者自治会とシテともにやるのか、デェイケアで通院患者自治会とシテともにやるのか、サロンで利用者自治会とシテともにやるのか、とにもかくにも、キレイ事はいかん。スッキリしたらいかんのです。グチヤグチャドロドロのセーカツの中から、キレイ事ダケでは済まない「もう出て行ってくれ」「もう会いたくない」と云う憎しみのおしくらまんじゅうまでもアルんです。でも、ソコから、始めるのです。患者会の中でだって『ボーリョク事件』『包丁立籠もり事件』『包丁追い回し事件』ダッてアルんです。アッタんです。

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まずは、当事者は、患者側は、病者側は

己の加害者性と向き合うのです

でも、ソノ加害者性をナントカ押し止どめてくれているなかま達のことを想い

そのなかま達もまた同じく己が加害者性に向き合っている姿を想い

そして、ソレは、お互いにナントカ押し止どめ合って生きている姿なのです

それが、患者会ではないのか、、、

だったら、患者会を開き続け

患者会を何時ものようにいつもと変わらずに開き続け

食事会で一緒に飯を喰い、生きづづけるだけです

「世間様や親や医者に殺されてしまわないように」

「他人を殺さないように」

「ジブンを殺してしまわないように」

そして、「カリタス小事件」の報道が続く限り

みんなの部屋でこう云うハナシが来週もされていくでしょう

「オカンにエルボーをやっちゃって、以来、オカンから強制入院させられるのが怖くて、逃げ回って、コンなに実家に近いのに近づけないんです」

「最初の夏レクには、そのおかぁはんと一緒に参加してたよなぁぁーーえばっちの後ろの席に二人で座ってたもんな、想えば長い道のりやなぁー」

「親父をグーで殴りました、グーで殴り合いですよ、包丁まで出ましたからね」

「なんで入院させたんやー、と叫びながら茶碗を片っ端から投げつけて、机をひっくり返しました、僕の方が包丁を出したんですよ」

「何を言っているんだ、オレなんか、もうちょっとで妹を殺すところだったんや、あの映画でもバクチク本でもキーサン革命宣言でも書いてた通りや、アレは悲惨やった、家の二階のふすまが血だらけになってた」

「ふすまが血だらけと言えば、そさんが酒を飲んで暴れた時は、ふすまがほちゃんの血で真っ赤になってて、玄関のドアが外れていて、オレ踏み込むとき、こりゃ、ほちゃん死んでるかもしれんなあと想いながら、恐る恐る踏み込んでいったんだ、恐ろしかったなぁぁぁーーあの時は、、子供たちは避難してたとは想うんだけれど、、、、ドウダッタノカ、、、」

「包丁はよく出るよな、れさんの枕の下の包丁はヤバかったなぁ」

「家族とのだけじゃなくて、友の会でも、包丁事件あったよなあ」

「あれは、被害者はくちゃんじゃなかったか」

「確か、とさんが包丁持ってくちゃんを追いかけまわしてたよな」

「その後だっけ今度は、ま君からずっと蹴り続けられるというのもあったよな」「そうそう、あの時はうちゃんがプロレス技で止めたんだったよな」

「うちゃんのプロレス好きが役に立ったなぁぁ、それにしたって、い君がさ、そういう一番肝心な時に、いないんだよな、便所で紙がねえっつって、やっと出てきたら全ては終わってたんだよ、良いガタイしているのに肝心な時に役に立たねえ、でその時、何で尻を拭いて出てきたんだ?」

「これは一生言われるんですかねー?仕方がないから、もらった賃金袋の紙をちぎって拭いてきたんです。だって、便所に紙が無かったんですよ」

「便所に紙がなかったって云うのとボーリョク事件とドッチが酷いハナシかな」

「一生じゃないぞ、コレは孫子の代まで語り継がれるハナシなんや、だってえばっちがアッチコッチで書いちゃってるんだから、、、、」

「そうそう、夏レクで主治医をモウチョットで殴り倒すとこマデいくのもアったって聞きましたよ、ソレが最後の一泊夏レクだったんだから、悲惨ですよね」

「アレ以来一泊レクは無いなぁぁーーもうゲンカイだったのかなー」

「一番近場のヤバかったのはナンだったっけかな」

「ねさんの入院の説得の時だったんじゃなかったんですか」

「そうそう、あの時は緊張したな、アタマを一発やられたダケで済んでヨカッタ」

「ねさんが手に真鍮のドアノブを握りしめていたのでヒヤヒヤしましたよ」

「れさんの入院の説得の時もタイヘンだった」

「そうそうあの時は、れさんが枕の下に包丁を隠していたのがワカッタもんな」

「大体な、なかまがなかまの入院を説得しに行くときはな、ジブンだって入院は絶対に嫌なんだから、そのゼッタイに嫌なことを説得しに行くんだから、包丁が出てきたって、殴られたって仕方ないことナンダよ、その時は覚悟を決めてなかまとともに、ナンと云うか、なかまから包丁で刺されたって、ソレでイイんだと云う覚悟で行くんだよ、サイゴは、、、なんで、加害者にしか過ぎん精神医や看護士たちは患者に包丁出されるのをアンなにコワガるかなぁぁぁーー」

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こう云うハナシが続くのです。コレがキーサンのセーカツなのです。

『被害と加害が二重逆転しながら』

『被害からも加害からも目を背けないんですよ』

そして今日、コレを書いているときだって、

前進友の会やすらぎの里作業所のみんなの部屋のセーカツは続くのです

食事会のメニューは

チキンの照り焼きで、ソースを掛けて喰ったら激ウマだったのです

お味噌汁の中にタップリと大根おろしを入れて喰うと云う

チキン照り焼き定食、会費300円だったのです

作業所のスタッフは「集団指導」と云う名の役人の講演を聞かされて

スッカリと疲れ果て今日は直帰させてくださいとメールが来たのでした

なかまの一人から電話はジャンジャン掛かってくるのでした

今日は、生活保護のことで役所に行く日だったのですが、

病院のワーカーをキラいなのでヘルパーさんと一緒に行って

役人にナニかイロイロ言われたらしくジャンジャン掛かってくるのでした

だからあれほどキライでもココはワーカーと一緒に行く方がいいと、

言ってきたのでしたが、、、

その後、入院中のなかまが、本当に久しぶりに訪ねて来てくれて、

「おやつはないんのんかぁー」と言いながら

インスタントコーヒーを一杯飲んで

彼は、砂糖はスプーン大盛三杯も入れるのです

でも、自分ではなかなかうまく入れられないので、なかまが入れるんです

そして、また、病院に帰って行ったのでした

そう『帰る』んですよ、精神病院にね

 

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少しだけ新しいことが付け加わりました

ボクにとっては、大きな出来事でしたが、、、

それは、この状況の中で、この世間様のなかでは、

精神病患者会と云ってもとてもとてもムズカシい

だったら

その患者会

作業所やデェイケアやサロンやグループホームの中での

通所者自治会、利用者自治会、通院患者自治会として

つくりあげていくことはできないだろうかと

いや、そうすべきであろうと、想ったのです

そして、その作業所患者自治会こそが

孤立しガチななかまを

入院しガチななかまを

『誘って』くるのです

スタッフや専門職が医療が教育が行政が

まるで『外科手術』や『電気ショック』のように

断薬させたり、就職させたり、就学させたり、

退院させたり、引きずり出してくるのではない

なかまが、お互いに支え合って

お互いの加害者性と向き合いながら

『誘って』くるんですよ

お互いに作業所と云う場でスタッフのチカラも借りながら

みんなで、ココで、お互いに支え合って生きていかないか、と、ね、、、

「世間様や親や医者に殺されてしまわないように」

「他人を殺してしまわないように」

「ジブンを殺してしまわないように」

そうすれば、

なかまが、お互いに支え合って

お互いの加害者性と向き合いながら

患者自治会をつくって生きていきさえすれば

医療側がケーサツ側が家族側が

ジブン達を殺そうとし、閉じ込めようとし、無かったことにしようとしても

お互いに、守り合いながら、

なんとかなんとか生き延びることが出来ると想うんです

一緒に矛盾し合いナヤみ合いクルシみ合い、笑う時もありながら、

一緒に支え合ってセーカツし合い、スタッフたちのチカラも借りながら、、、、、

まずは、スッキリしないコト、キレイ事は言わないコトです

お互いに、支え合いながら、ナヤみ合いながら、

作業所と云う場でスタッフのチカラも借りながら

みんなで、作業所でココで、ココの場で、

患者自治会をこしらえて、

お互いに支え合って生きていきましょう

「他人を殺してしまわないように」

「ジブンを殺してしまわないように」

「世間様や親や医者から殺されてしまわないように」

希望は、あります、とてもあるのです

 

2019年5月30日起稿6月5日一旦完成稿として

 精神病患者会前進友の会やすらぎの里作業所

 キーサン革命の鬼えばっち  江端一起

 

 

前進友の会やすらぎの里のホームページ

http://yuinoumi.web.fc2.com/zenshin-index.html

 

えばっちのタンブラー

https://kisanebacci.tumblr.com/

 

えばっちのはてなブログ

https://ebacciblog.hatenablog.com/

えばっちのホームページ 乾坤一擲

http://ebacchihomepage.dousetsu.com/index.html

 

 

全国「精神病」者集団の分裂について想うこと  全文一挙掲載  地を這う精神病患者会のキーサン革命の鬼えばっちとしては、全国「精神病」者集団は山本氏を中心とする絆派と、桐原氏・関口氏を中心とする運営員会派に分裂したと云うのが、歴史的な真実であると認識しなければならないと想う。

全国「精神病」者集団の分裂について想うこと

 

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全国「精神病」者集団の分裂について、徹底的に対立してきた、キチガイのセーカツを大事に大事にやってきた、『地を這う患者会キーサン患者会のキーサン革命の鬼えばっち』として今、想うことを書き記しておきたい、この『分裂騒動』が、対立してきたセーカツと食事会とレクに拘り続けてきた病者からはドウ見えたかを、いま現在もドウ見えているのかを、この間、ドのように感じていたのかを残さなければ、ならないと、想う。それが精神病患者会運動の歴史を残していく一助と為るであろうから、、、

 

 ここ数年間の東京での全国「精神病」者集団の『分裂騒動』のことである、沈黙をしているだけではイカンと想った。キーサン革命の鬼として、この『分裂騒動』をドウ見ているのかを、キチッと歴史に残しておきたいと想う。全国「病」者集団、あるいは全精連などと云う、『セージ的全国冠日本冠的制度政策提言的活動家講師様参考人様検討委員様学会理事様シンポジスト論客路線』と、ある種徹底的に対立してきた一人として、この分裂騒動は歴史に残るものと想っている。ある種の『障害学系の学閥』は、この騒動を分裂とは言わないようなのだが、それこそ、歴史を歪曲するものだと想っている。後世に患者会運動の対立も友愛も成功も失敗も愉快なことも不本意なことも、出来得る限り正確に残さなければならないと想っている。

 との想いからすれば、実際のところ、ここ数年来東京で為された種々の出来事は、全国「精神病」者集団が、【二派に分裂していった過程】と云うのが事実なのではないのだろうか。そして、その分裂からもうはや三年を経てしまった。ソロソロ、チャンと、言うべきことは言っておこうと想う。

 地を這う精神病患者会のキーサン革命の鬼えばっちとしては、全国「精神病」者集団は山本氏を中心とする絆派と、桐原氏・関口氏を中心とする運営員会派に分裂したと云うのが、歴史的な真実であると認識しなければならないと想う。『分裂』なのであって、『分裂騒動』なのであって、それ以外のナニものでもないと、想うのである。しかも、この『分裂騒動』の発端となったのは、絆派からの運営委員会派の一員に対する「セクハラ問題」の提起だったと想うのだが、そもそも、その問題が行方不明と為ってしまった。刑訴までつこうてまで、して、行方不明にしていった。行方不明にしつつ運営方法の問題に話がすり替わって、分裂騒動に移行したというふうに、えばっちからは見えた。しかも、運営員会派の『障害学系学閥』が意図的にそうしたと云うふうに見えた。さらには、運営上の問題に話がすり替わっていき散々揉め抜いた挙句に、とにもかくも一種の「協定」が結ばれ、双方ともに「全国「精神病」者集団」という名前を使わないという約束をし、御大層なことだが、弁護士はんや学者はん等の「保証人」さんみたいな人たちまで頼んできて、協定書を作り、双方サインした上で公表したミタイなのだが、一方の運営員会派がその約束を堂々と破っているのには、驚いた次第である。フツー、ここまでしたら、両派ともその協定は守らなアカンと、想うのだが、驚いたことに、運営委員会派は理屈にならないような理屈をつけて、しかも、絆派が会員交流集会を開いて新しい団体名を決めたのを確認してから、協定を破ったようにキーサンセーカツの鬼えばっちからは見えた。ありていに言って、このやり口は『騙し討ち』としか言い得ないものであり、キーサンの最低限の『仁義』すら知らないのか、無視してもエエと云うコトか、狡賢い、恥を知らぬやり方だと想った。

 しかもご丁寧なことに、その運営委員会派の作った理屈というのが、ちょっとあり得ない。まず、折半すると決めた会計や「病」者集団の名簿が、偽物ナンじゃないのか、チャンとしたのをよこせと云うヨウな主張だったと想うが、ハッキリ言って、コレどうやって確認するんだと、不思議でかなわんかった。確認しようがないことで、絆派が、一方的に先に協定違反を犯したのだと言っているわけなのだが、これ確認しようがないのではないか、、、いや、してはイカンと想うた。だって、特に、名簿については、「病」者集団がその設立の時から協定を結んだ時に至るまでの長大な歴史的な名簿を、その名簿に掲載されている病者たちの了解も取らずに、本物かどうか弁護士さんや誰か第三者を入れて確認するということになったら、それこそ大問題だ。そんなことはやってはいけない。だから名簿に関しては確認出来ない事なのではないか、ソレで全てかドウかとか、、確認できないことで、確認してはいけないことで、運営員会派は、ワザとに罠を張っていたと云うのが、外から見たキーサン患者会食事会とレクの鬼えばっちの個人的感想である。えばっちの妄想かシラン、、、ドチらにせよ、会員の名簿を掲載されている病者本人たちの了解なく、コピーして勝手に拡めたり分けたりしないでくれ、、大体この『分裂騒動』、いやに運営員会派は、名簿をヨコセに拘り続けていた、と、そう想う。

 しかも、運営員会派の総会において、協定を結んできたことを否決されたので、自派の民主主義的手続き優先で協定を破らせてもらったと言っているわけなのだが、これを言いだしたら、色んな団体間の全ての協定がこんな理屈で反故紙にされていったら、タマんナい。だったら、協定を結ぶ前に自派全体の了解を取っておくべきだったのだが、それこそ前もって総会でもミーティングでも開いて、、それをやらなかった運営委員会派の内部問題だ。さらに言えば、協定協議中の相手方に保証人方に、自分たちは自派の総意としての交渉上の全面委任は得ていない者であると、前もって言っておかなければならないハズなのである。最低でも、交渉上の委任のレベルと交渉結果が総会で否決される可能性もあると、前もって交渉の相手方と交渉の保証人方に伝えておくのが仁義と云うモノだ。或いはこの交渉結果を結論とせず、一旦持ち帰らさしてくれ自派全体に再度諮る必要があるからと伝えておくべきだった。ソウはしなかったわけだから、コレを『騙し討ち』と言っても良いだろうと想う。

 例えば、えばっちも昔は発狂のきっかけとなった郵政職場で労働組合の役員だったから、労組の支部どころか分会単位でも、当局と団体交渉中にこんなことに為っちゃったら、フツーは執行部の総退陣ということになる。大体がコンなじゃ「三六協定」スラ結べん。おそらく、これも端っから『罠を張っていた』『騙し討ち』狙いダッタンだろうとシカ想えない。こういった点についても、ここまでのやり方を見ていると、運営委員会派はトンデもないやり口で、絆派の方が、まだしも、キーサンとして反権力としての仁義を守っているのではと、、、敵対してきたキーサン革命の鬼キーサンセーカツの鬼として、ではありながらも、感じていた。

 ただ、運営委員会派が絆派のこれまでの「病」者集団の運営手法を問題にしたこと自体は、『騙し討ち』『すり替え』の手口で無かったならば、大事なことだったのではと想う。「病」者集団と対立してきたキーサン患者会の食事会とレクの一員としては、「「病」者集団ニュース」に対する投稿原稿のあそこまでの恣意的な取り扱いや、「資料集成」に書いた「羅針盤原稿」でも指摘していたのだけれども、御大大野萌子氏をはじめとし、その弟子たる絆派も非常に恣意的で、独善的で、独裁的な運営方法だったと想う。こんな運営方法をしていたら、新しく入ってきたメンツが、おかしいと言い出すのは、当たり前のことだと想う。しかも絆派山本氏は、大野萌子氏の『代貸』として、虎の威を借りるかのように、「窓口係」と云う名目で非常に独善的・独占的に運営してきたと想う。患者会の中でこんなことをやったら、実はタイヘンなことに為る。セーカツを共にするみんなの日々の世論が、あまり声を出さない「分裂病圏」のなかまたちの、声にはならない声こそが、決定的な『拒否権』を持っているンだから…それが地を這う患者会のセーカツとレクと食事会と与太話をとおした意思決定と云うモノだ。ミーティングや会議形式の場ナンかでは、ナカナカ本音は出ては来ませんよ、、、ホンと、、

 ソンな運営手法が長く続いてきたからこそ、『分裂騒動』が始まってからずっと、運営委員会派は、これまでの絆派の恣意的独裁的運営手法に対する、若手の民主化改革派と、みなされていたのではないか、、だからこそ、一貫してこの『分裂騒動』の間中、そしてそれは、現在に至るも、周辺の専門職や活動家たちは沈黙をしてきたのではないか、し続けているのではないか、、だからこそ、ソウ装うことで、運営員会派はこの『分裂騒動』をとても有利に仕掛け続けてこられたのではないか、とそう想う。逆に言えば長らく続いた絆派の側の「病」者集団運営の在りように、地を這う患者会のみならず、特に東京圏の活動家たちは本音では辟易していたのではなかったか、、それが、コウまでの運営員会派のコンなやり方がまかり通ってシマッタ大きな要因の一つだと想う。チガウだろうか、、、、、だから『分裂騒動』ではなく『奪権闘争』だったのかもしれないと想う。そしてそれは、もはや、コレほどの汚い『騙し討ち』をつこうての意識的な『乗っ取り騒動』ダッタのではないかと、スラ、想うのである。『罠を張っていた』とまで想うのは、ツマリこう云う、、、、

 ともあれ、トンでもないあり得ないような屁理屈ぶっこいて、協定を、約束を、信義を破ったのは、破っているのは、運営員会派の方だと想う。これは、事実として、歴史に残すべきである、と云うのがキーサン患者会のレクと食事会のの鬼喰いしん坊えばっちの結論である。

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 さらに言えば、全国「病」者集団運営員会派の手法として絶対に許せない点がある。それは、運動上の対立問題や運営上の対立問題や路線上の対立問題に、権力を利用したことである。これは絶対に許せない。東京での絆派へのやり方、それにある運営委員のムカシのジモトでのやり方を、聞いたり見たりしていると、論争相手を封じるのに平然と『権力に売る』と云うことをしているとシカ想えない。許せない。運営員会派の他の人たちははこの点をどう考えているのか分からない、ソレでイイのんか、一体ドウ考えているのか、、、絶対に許せないことだ。やってはイカンということが分からないのか。刑事訴訟、民事訴訟の脅しをかけてくる。検事やら裁判官やら第三者委員会やらナンタラ審議会やら懲戒委員会、検討委員会、行政側、権力側、県庁側、市役所側、学会側、協会側の第三者機関やそう云うところに、論争相手や対立する相手を売って、口を封じる手口だ。少なくとも、患者会運動をやっている限り、同じ病者を権力の側に売るべきではない。司法や、刑事や、裁判官や、役人や、学会や、市役所や県庁のエライさんに、売るべきではない。そう、強く強く想う。これは、政治活動的な意味合いを持つ『シミン運動』でスラが持ち合わせている最低限の『活動家倫理』ではなかろうか。キーサン革命の鬼えばっち的に言えば、『キーサン患者会の仁義』『病者同志の仁義』といったものである。

 考えてもみたらよい、地を這う患者会、「病」者集団、全精連、お互いに罵り合ってきた。罵倒し合っていたはず、綺麗ごと言っても仕方ない、日向でも、日影でも、それはそれは、、、でも、大野氏や絆派の誰かをどっかに訴えようなどと想ったこともない。毛筋ほどもない。大野氏や絆派だって、地を這う患者会側をキーサン患者会の誰かを刑事告発や民訴をしようなどと想ったこともないダロウと想う。これは、山本深雪氏にスラ、そういう最低限の仁義はあると想う。全精連にだってアッタであろうと想いたい。そう云う意味では、この全国「病」者集団運営委員会派は、或るジモトでも、東京でも、そう云う『反権力と云う倫理』を完全に失って活動しているとシカ想えない。

 或るジモトであったことも、東京であったことも、これからも各所であるであろうことも、『反権力の運動』であるという倫理を全く失い、論争相手の口を封じるのに権力に売ること『権力組織利用』も含めて、とても汚い手口を使っていると想う。許されることではない。特に病者同志は、相手の論争相手が病状を崩した時は、少しは気を使うべきだ、それが『キーサンの仁義』ではなかったか、、、入院するような事態になったら、一旦その時の論争は打ち切った方が良い。それが、『病者の仁義』と云うものだ。運営委員会派は、『病者の仁義』と云うものを全く知らないか、敢えて無視しても良いと考えているとしか想えない。だから、全国「精神病」者集団運営委員会派の今後の活動には、危惧しか持ち合わせていない。御大大野萌子氏や山本氏と対立してきたこととは、全く違う状況、次元になりそうだ。それが、日本を代表する、そしてこの点も歴史の改竄がなされそうなのだが、国際組織でも日本を代表するのが「病」者集団運営委員会派となったら、国際交流において、これまで積み上げてきた絆派の努力や、大野萌子氏から続く活動や、あるいは、各地にたくさんあった『地を這う患者会』が積み上げてきた患者会運動総体が、全く歴史的に歪曲されてしまうと想う。タイヘンな事態だ、と想う。

 しかも、さらには、驚愕の事態となったのである。ナンと、今度は絆派の方が運営委員会派の方を、民訴で訴えたヨウなのである。何度も言うが、敵対する相手を『裁判所』と云う『権力』を利用して、つまりは相手を『権力に売る』やり方で、ドウにかしようと云うやり方は、絶対に絶対に不可と想う。ドウしちゃったんだ、この『分裂騒動』は、、、ソンな最低限の『反権力と云う仁義倫理』スラ『病者運動ボス』から消し去ってシマッタのか、、、、もちろん、敵対相手の口を封じるのに『権力に売る』あくどさの質と量と頻度やり口回数において、運営委員会派と同質なものではなかろうが、それにしても、ソレをやっちゃあオシマイなんじゃなかろうか。

絆派の方の悔しい気持ちは分からんでもない、ソリャアあの『騙し討ち』だ、悔しかったのだろう、でもでも、ソレをやっちゃあオシマイなんじゃなかろうか。『権力に売る権力利用騙し討ち無仁義アクジ犯』とシカ言いようのない運営委員会派と同じダークサイドに堕ちてしまうことに為ってしまうコトがわからなかったのか、残念である。この判決がドウ為ろうと、も、ドチらが正統なる「全国「精神病」者集団」なのか、或いはドチらも正統なる「全国「精神病」者集団」ではないのかの判断を『権力』側の『判事』に委ねてしまったことに為ってしまうとは、気づかなかったのか、、、ソウ今回の『分裂騒動』で、問われているものの大きなものの一つが、『政治運動家エライさんに為りたい路線』『制度政策提言シンポジスト論客路線』『学者系有資格化ロビー活動家路線』どころか【民訴刑訴含む権力に売るのが運動だロビー活動の一環だ路線】に蓋を開けてシマッタことにあるのではないか、、、

 しかも、運営委員会派の一員は、コンなコトをしながら、ナナナナんと、患者会の活動とは歴史とは、アラアラ、『精神障害者の当事者運動とは障害者が能力が在るコトを自ら証明していくことであった』と云うようなコトを主張していたヨウなのである。ナンだか知らないうちに『消し去る』のがうまいと云うかナンと云うか、今はチガうヨウなのだが、、、それにしても、コンな主張をしていたとは、、、事実とも違うし歴史的にも全く違うのではアルが、それ以上に、コレはソラ恐ろしい発想だとシカ想えないのである。

 そも、80年代90年代全国各地にあった地を這うような単会の患者会が、ソンな主張を展開したことがあっただろうか、少なくともえばっちは知らない。えばっちの交流の範囲が余りに狭すぎたんで知らなかっただけ聞かなかっただけなのか、、、2000年代に入って「病」者集団や全精連がソンな主張をしていたのか、、、ダッタら誰が教えてもらえないだろうか、、それにしたって、ナン十年もケッコウ各地の患者会に実際に行って交流もさせて頂いてきたし、食事会も供に食べさせて頂いてきた、ありがたいことだった、カラオケにも行ったし、カチコミもしてきたし、カチコミのさなかに学会で声かけて頂いてその場でのイロんな交流もあったし、レクに参加させてもらったことも、例会やミーティングにも、、、そして現在も交流をしようと模索し続けている。大体「病」者集団のあの二か月に一度の一泊二日の会議にだって、二年か三年近くは通ったんじゃなかろうか、、藤枝友の会やごかいには、ドレだけ泊まらせてもらったのか分からないし、そう、しんまつや多田さん時代の八王子ほっとにも、よく泊まらせてもらった。福岡わらびの会にも泊まったなぁぁぁーー街にもよく泊まらせてもらった、、愉しかったなぁぁぁーーオモシロかったなぁぁぁーー全精連系の単会の患者会とだって交流はアッタんだ、、、、

 とにかく実際に交流したソコで病者なかまで話されていたことは、精神病院のハナシやアパートでの暮らし、病気のこと、クスリのこと、仕事やアルバイトのこと、家族とのこと、作業所でのこと、年金のこと生保のこと、歳のことや、虚しかったこと哀しかったこと、楽しかったこと、妄想や幻聴のハナシ、アイドル歌手や野球やテレビドラマ、なかま達とのレクや食事会、ココに来てドレだけ自分が助けてもらったか、だからジブンの今いるココのこと、ココをドレだけ誇りに想っているか、、ココでトモダチが出来たこと、スタッフが居る場合はドのスタッフにドレだけ助けてもらったか、良いことばかりではない、その反面のニクマンばなしも、最低なスタッフのハナシもよく聞いてきた。とにかくジブンが居る場のココの暮らしとセーカツと、なかま達との支えあって、助け合って暮らしているセーカツのことだった。本当にほんとうにソウだったのだ。暮らしのこと、セーカツのこと、ココに出会ってヨカッタと云う想いだった。もちろんなかまや家族との凄まじい暴力のことや憎しみの押しくらまんじゅうニクマンも聞いてきたし、眼前で見もした。先輩たちのボクなんかが遥かに窺い知れないような精神病院のヂゴクを聞かせてもらっても来た。電気ショックやスイカ割りや、看護士が怖かったことや、、、とにかく「ココが自分が能力のある事の証明の場である」ナンて想っている病者は一人もいなかったんだ、本当だよ。ナンでコンな主張が歴史であると言われなきゃなんないのか、分からない。

 能力がある、学歴の高い、政治活動家中心に制度政策提言的にヤッて、行政や学会なんかの役員でもやらせてもらってエラくなってくると、ソウ思い込んできちゃうのか、、、それにしても、、、そう流行しきった「発達障害概念」が提起するサポートチームがあれば自らの能力が開花しますとの、あの宣伝を利用しようとしているのか、、、それにしても、、歴史とするには、余りに事実とかけ離れ過ぎている、、、だが、これから先はコンな主張がまかり通ってしまう世の中になってしまうのか、、、精神病者や障害者までもが、今の世の中の「高能力主義」「高効率化高合理化社会」「低リスク追求社会」にあわさなくったってイイではないか、いや逆だ、その流れに少しでも抵抗出来てシマチャ得るのが、キチガイキチガイたる所以じゃなかろうかと想うのである。しかもありがたいことに、キーサンが集まって支えあってお互いの暮らしの話をしながら、助け合いながらレクして食事会して愉しくゲラゲラ笑いながら美味いものを鱈腹喰って、世間様に対してドウドウとしているだけで、『高効率高能力高合理化低リスク追求社会』に対して充分過ぎるほどの『謀反人』として生きられるのである。ありがたいことである。

 とにもかくにも、ハッキリ言って恐ろしい時代に為ってしまったと怖気づいているのである。医療観察法と云う保安処分の法律制度病棟が稼働しているのである。『感染症対策』と云う名目で『ファシズム』化が加速している今、まさしくシミン様たちの『心性がファシズムに傾き』つつあるその中で、少なくとも『反権力』ではなければならぬハズの『病者運動ボス』達が、論争相手や敵対相手や分裂相手を『権力に売る』コトを平然と行ない始めたのである。絆派にはソウは為っては欲しくはなかった。『権力に売る権力乱用騙し討ち無仁義アクジ犯』とシカ言えないような運営委員会派と、同じようなことを仕出かすとは、想わなかった。コレは御大大野萌子氏も想像もしていなかったのではなかろうか、、しかしながらコウも指摘しなければならないと想う。

そも『全国組織「病」者集団型制度政策提言政治活動家運動家シンポジスト論客路線』の当然の帰結としてこの事態はアッタのかもしれないと、、「能力のある事の証明が当事者運動である」と云う主張も、、、、ソウだから全国「精神病者」集団ではなかったのカモシレナイ、、全国「精神病活動家」集団、全国「精神病運動家」集団だったのだ、その本質がココまでになって為ってしまったと云うことなのだろうと想う。そしてまた、運営委員会派の在り様を見ていると、運営委員会派の或る一員のやり口を見ていると、言い過ぎかもしれないが、まるで【全国「発達障害特性者」集団】【全国「権病者」集団】と言えるのではないかと想ってしまう、、、、だから、全国「精神病活動家」集団と【全国「発達障害特性者」集団】との対立分裂であったのではないかと、、、「地を這う患者会キーサン患者会」との延々とした『セーカツとたまり場とレクと食事会とキチガイの暮らしと助け合い』と『制度政策提言的政治運動』の対立ではあったであろう、、、、、

また、『反権力と云う倫理』『キーサンとしての仁義』を守るのか反故にするのかの対立であり、『運動家活動家』と『キチガイセーカツ者』との対立であり、もしかすると『精神病患者』と『発達障害者』との対立かもしれない。そしてそれは、もしかすると『反権力』と『権力』との対立『能力の低い者』と『能力の高い者』の対決となるのかもしれない、、、、

 ともあれである、絆派提訴の裁判結果がドウ出ようと、運営委員会派がドのように『権力に売る権力利用騙し討ち無仁義アクジ』を繰り返そうと、キーサン革命の鬼えばっちは、全国「精神病」者集団と対立し続けてきた地を這う患者会、キーサン患者会のキーサンセーカツの鬼として、精神病患者会のレクと食事会の一員として、キーサン革命の鬼として、山本真理氏の方を全国「精神病」者集団絆派と、桐原尚之氏の方を全国「精神病」者集団運営委員会派と、呼び続けようと覚悟している。いやチガウな、、、絆派と運営委員会派と言うのも、もはや、止めようと想う、ドコか本当のコトが無くなってしまいそうだから、、コレからは、「病」者集団の山本派と桐原派と呼ぼうと想う。だって、ソレが真の意味での在り様の真実として、患者会運動の歴史に残らなければホンとじゃないから、、、山本派と桐原派なのだ、、、、

 そしてそれは、この『分裂騒動』がナニを問いかけているのか、ナニをもたらしてしまうのか、そして特に運営委員会派の今後の活動に対する危惧を、おなじ精神病の患者病者のみならず、活動家や運動家や、専門職や看護士看護婦PSW精神医、学者、学閥、学会、弁護士、心理士、作業療法士、支援者の皆さんに、提起したい。提起し続けなければならないと想う。そしてそれはおそらく、長年にわたり延々として、『おもたい生保の入院歴の長い高齢のクスリもおもたい、今や忘れ去られようとしている病者』のセーカツを、暮らしを、レクを、食事会を、支え合いを、助け合いを、キーサントモダチを、スタッフダチンコを希求し続けてきた地を這う精神病患者会側からの全国「精神病」者集団に対する仁義と云うモノなのである。

 

2021年2月21日起稿 7月2日脱稿

精神病患者会前進友の会やすらぎの里作業所

 キーサン革命の鬼 えばっち  江端一起

 

 

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追記資料として

「全国「精神病」者集団」的在り様と、地を這う患者会、もしくはキーサン患者会という在り様との、生きざまとウンドーとセーカツの根本的な違いと、この間の対立の歴史を、『障害学を名乗るもしくは生存学を名乗るある種の学閥』からの歴史の改竄や歪曲を止めんがため、出来得る限り事実あったことは事実あったこととして、後世に残さんがために、今後の羅針盤として、遺さんがために書かせていただいたものである。その第二章第三章を特に、追記資料として付属した。本文の趣旨が、ドウ書いても伝わらないのではないかと想われて、、、、ドンドン長く読みにくくなって、、、、、、申し訳ないことである。

六花出版 「精神障害者問題資料集成 戦後編第十巻患者会運動」 所収原稿「患者会運動の資料を史料として残すための羅針盤として」

Ⅱ. 地を這う患者会列伝

 大体が、名前からして全く違う雰囲気を醸し出している。愛媛松山の「ごかい」(言わずと知れた「わしらの街じゃあ」「天上天下病者反撃」のキーサン患者会の親分である。キーサン患者会、地を這う患者会の希望の星であった)静岡藤枝の「藤枝友の会」(地元の精神病院内の患者自治会から発展して地域患者会として作業所に変化も拒否し、徹底して会員の会費だけでたまり場を維持し続けている類まれな患者会である)神戸の「ニューカトレア会」(阪神三人衆と言われたカチコミの親分達が言っていた、山本深雪氏が大阪人権センターだの大精連だのと目立ち始める前は、ここにパラシュートして来て元々から居るような顔して、クスリ飲んでるとこなんかいっこも見たことない、と)博多の「福岡わらびの会」(今現在に至っても手書きの会報を発行し続けている凄いトコロである)東京亀戸の「新松橋亭」(しんまつと親しみを込めて呼んでいた。東京の下町で、「天上天下病者反撃」を読んで感動して作ったのだとのことで、クボタクリニック脱藩組の支援者たちもナカナカの人物である)大阪高槻の「灯会」(言わずと知れた精神病患者会の老舗中の老舗、俳句を作り続けている)堺の「ガンバロー会」(全国各地にあった精神病院の患者自治会出身の会である。このころは、浅香山病院、岩倉病院、光愛病院等々の全開放を目指した病院には、もれなく患者自治会があったものである)住吉の「旅立ちグループ」松江の「つぼみ会」「麦の会」山形の「こまくさ会」信州の「プチノマド」「ひなたぼっこの家」広島の「モスク」(南座を惜しむすき者の会の頭文字をとったそうである)名古屋の「雑草会」清瀬の「一寸五分の会」(ここの会報は毎回面白いものだった)岡山の「すばる」鹿児島の「わかち会」土佐の「西風の会」北海道の「すみれ会」(回復者クラブと自称し始めた最初だと想う。道回連も名乗っていたかも。その後セルフヘルプグルーブだのマインドだのと、イロイロな名乗りがうまれたが、その後どうなったのだろうか。但しココは、セーカツの匂いはとてもしていたと想う)東京の「友の会」(患者会の元祖かもしれない)富山の「ルナの会」福井の「らばの会」いや「ろばの会」だったか記憶が定かではない。

 キリスト教系を前面に打ち出した「心の泉会」(各地の教会に集う月一くらいのたまり場をたくさん網羅していたので、考えてみれば、ココこそがある種実質的な全国的連合体だったかもしれない)全国「病」者集団の名古屋分会「ゼロの会」京都分会「ひまわりの会」全精連の県連としてあった「松ぼっくりの会」(ココは本当に患者会としてのセーカツの実質があった)全精連とは独立した立場の「兵精連」(全精連系の活動家が名乗る前に勝手に名乗ってしまおうと云うノリであった。実質はあったのかなかったのか)「大精連」(「病」者集団とも全精連とも独立した第三の制度政策提言路線政治大好き山本深雪氏の牙城と言っていいだろう)などもある。

 そして我が京都山科の「前進友の会」(1976年十全会病院を脱走した病者、命からがら退院した患者、アルバイトスタッフだった学生たちで結成した。初期のころは学生部隊の反十全会闘争と多彩なレクに特徴があった。88年からは、患者会が設立母体で運営主体である共同作業所も運営しつつ)である。こうやって、ココに想い付く限りの患者会の名前を並べ得ただけでも、書かせてもろうただけでも、ありがたいことなのである。地を這うように70年代から80年代にかけて、精神病患者同志のレクと食事会とたまり場から澎湃としての沸き起こり活動を続け、全国ドウタラとか少しもかかわりも持たず、90年代少しづつ減っていきそして大方は21世紀には、消えていた。

 

Ⅲ. 全国「病」者集団的なるものとの対決

 ところが不思議なことに全精連為る団体が93年に、厚生省の役人を発足大会に来賓として迎え、鳴り物入りで出来上がってくるのである。何が不思議かと言えば、各地の特色ある患者会は段々と活動を縮小していっているときに全国の連合体が出来ていったのである。ご丁寧なことには、県連と云うものもできていった。本当に実態があったのだろうか。現在の全精連の現状を考えてみれば、答えはおのずから明らかであろう。もう一つおまけには「病」者集団はこの動きに対して「歴史的な意義がある」として賛成しその宣伝ビデオに赤堀さんまで出演させてしまった。当時、不思議でかなわんかった。だって、全国「精神病」者集団と云う歴史ある全国組織があるのだから、結集したければソコに結集すれば良いことだったから、、、「地を這う」ように各地にあった患者会は、結局はその「病」者集団にも、新手の全精連にも積極的に合同していこうと云う動きには為っていかなかった。では何故にそうはならなかったのか。結論から言えば、このあたりから、「ごかい」「藤枝友の会」「前進友の会」と云う「キーサン患者会」「地を這う患者会」と自称していた我々と「病」者集団との対立が決定的になっていったのである。それは、当事者運動総体の歴史から見れば、ある種不幸なことだったかもしれない。もちろんその責めはえばっち自身もキーサン患者会も負わねばならぬが、また、大野萌子氏も「病」者集団も負わねばならぬだろう。

 ここで重要なのは、本質的には、大野萌子氏と対立していたのであって、山本真理氏と対立していたと云う事ではない事だ。山本氏は大野氏の『代貸』に過ぎなかったのだから、当然であろう。90年代を通して我々が対立していたのは大野萌子氏の路線であった。70年代80年代、偉大な先駆者であり指導者だった大野氏は、誰もが敬い「世話になった」と言うほどの存在であった。それは確かなことだと想う。当事者としての大野氏の存在がどれほどのものだったのか、全国精神「病」者集団がどれほどの存在であったのかは、筆者が書く必要もあるまい。この資料集成のそこかしこにちりばめられているはずである。だが、その「偉大なる」大野萌子氏も、赤堀さんを奪還して以後は決定的に路線を誤った、とそう想う。90年代以降、個人的にも運動体としても誰もが逆らい得ななかった大野氏に面と向かっておかしいと言い始め、問い続けたのが、キーサン患者会だったわけだ。

 はっきりとした対立軸は、ナンだったのだろう。全精連をどう規定するかは、大きかった。キーサン患者会は「アリャ御用団体だ」とそう公言していたところに、「病」者集団は「歴史的意義がある」と、言ってしまった。手帳制度の問題も大きかった。大阪での手帳のヒアリングを「ごかい」がカチコミを掛けて、完全に粉砕してしまったぐらいだった。我々は反対の立場だった。保安処分の『監察札』になってしまうぞ、と言っていた。一方「病」者集団は精神障害者にも手帳をとばかりその名も『赤い手帳』が欲しいと、ニュースに書くありさまだった。大野氏の路線だった。この辺から「制度政策提言路線」に急速にはまり込んでいく。その延長線上に山本真理氏や関口明彦氏らの活動家が、30万を超える入院中の患者を、圧倒的なナニも知らずに呻吟している病者を鉄格子とあの厚い鉄の扉の向こうに『置き去りにしたまま』国会の参考人になったり与党か野党か知らんが政党の検討委員やナンかの公的な機関の審議委員やあまつさえ精神医の学会の理事に為ったりしていった。それどころか、自分に敵対する者の口を封じるのに刑訴や民訴や第三者機関やらの権力に売り渡すことまで平然として、他の患者を脅しながら自分から手を挙げて国会の参考人になりに行くという桐原尚之氏のような若手を作り出してしまった。大野萌子氏の「病」者集団型制度政策提言政治活動家論客路線の当然の帰結であろう。

 しかし、そもそもの対立軸は、根本的な精神病患者会の存在自体をどうとらえるかと云う点にあったと想う。「病」者集団の立場は、つまるところ、大野萌子氏は、常々こう言っていた。「医者が作ったものは、患者会とは認めない、だから「ごかい」や「藤枝友の会」は、患者会では、ないのだ」と。これは、筆者が、「病」者集団の事務局会議に参加していたときに、直接そう聞いた。コレを聞いたとき、チガウなぁぁぁぁぁーーと想った。実際に「藤枝友の会」や「ごかい」の食事会に参加させてもらっていて、ソウ感じた。デモ、なんとなく、少しは、少しは、当たっているようにも想えた。「ごかい」と笠陽一郎医師との関係や「藤枝友の会」と中江清員医師との関係のことを言っていたのだろうが、そうはっきりと斬って捨てられるような薄ぺらたいものではないんですよ。だが、その上で、笠医師も中江医師も、精神医たちは相当強く患者会の意思決定に影響を与えているのもまた事実であった、と、そう想う。それを全否定してしまうのもまた、事実とはチガウと想うのである。今にして想えば、相互にその微妙なトコロを理解し合えていれば、と、そう想う。患者会とはキーサンのセーカツと病状と支援者のノリの上に微妙に成り立っているものなんですよ。

 キーサン患者会、全国の地を這うような患者会とは、本当に、重たい病者中心のセーカツ共同体的な側面が強かった。だからこそ、レクと食事会であった。一緒によく飯を喰った。患者会には患者会独自の味があるのです。「藤枝友の会」の駿河親子は、うまかった。「ごかい」で食べたあのカレーの味は忘れられない。「福岡わらび」のあの博多水炊きは激ウマだ。「しんまつ」で食べた、あれはナンだったのか冷しゃぶだ、美味しかった。たしか「ごかい」でも食べた。みんなで、お皿を回して、あれは高知全家連大会にカチコム前日の夕食だったか帰ってきてからの夕食だったか。だから、「病」者集団の食事会に参加させてもらっていた時に、コレは患者会の食事会じゃないな、会議参加者の休憩時間だなとは想ったし、「病」者集団の名古屋分会「ゼロの会」の食事会は、確かに患者会の食事会にはチガいないものの、参加者全員が大野萌子氏に過剰なくらいのおべっかを使いながら食べているのがよく分かった。本当に過剰なまでの阿諛とお追従に満ち満ちていた。味なんか忘れてしまった。そうそれは、患者会の食事会ではなかったのだ、まさしく、大野萌子氏を囲む会だったのだし、大野萌子氏の食事会であった。
 だから、「病」者集団は、活動家集団から、一歩も出ずじまいだった、のだ。本当に重たい病者中心の患者会ナンて、出来るはずがない。本当に口の重い身体の重い病状の重いクスリの重い病者たちが集まってくるには、そう、やはり精神医は必要なことだったのだ。重たい病者たちは、活動家風の健病者風の患者を、最初のとっかかりには決して信用はしないのだ。だって、部屋長と配膳係と、そしてすぐに退院していくヤツ等なんだから、、ソコのトコロを分かってはいないと、キレい事風の活動家集団になるだけのコトだ。そしてそのキレい事が、大野萌子氏の独裁体制を担保していた。ジッサイのところ、本当に患者会を作り、維持し、活動し、セーカツし続けていくのは、ムズカシイことなのだ。その最初のとっかかりに、そしてその継続にも、精神医や医療従事者や、健常者や健病者達は、必要だったのだ。モンダイは、その後、患者会側と、精神医とが、どのような関係性を構築するか、なのだ。特に、主治医ー患者関係にある精神医が、患者会の設立メンバーである場合には、その関係性によって、患者会側の主体性と精神医側の医療内容が、問われることに為るの、だ。患者会を維持するにあたっても、実は、健常者も、精神医も、そして、健病者も、居る必要があるのだ。だって、維持するには、ケッコウな金も、パワーも、手仕事も、必要になってくる。精神病患者会とは、結構な手間ひまと気力体力が必要なのである。その時の役割分担を考えてみたら、よい。モンダイは、分裂病圏、うつ病そう病躁鬱病圏、精神医はじめ支援者達、AC気味不登校気味やノイローゼや神経症圏の屈折した青年健病者達、四者の関係性に在るのだ。役割分担の在り方と、発言力の調整と、人間関係にアルのだ。支援者としての、形式会員でよい我が医療の監視をしてくれ、口は出さぬが手は貸そう、口も出さぬしカネも出さぬがヤレルことはヤルと云う精神医、看護婦看護士、ワーカーが必要なのだ。だが、発言力に制限を設けねばならぬ、そして、ドウいうなかまたちの意向が、まず優先なのか、、、、なのだ。ソコの微妙なトコロを分かり合えなかった「病」者集団も伝えきれなかったキーサン患者会も相互に誤っていたのだ。今なら、両方の誤りが見える、気がするのだが、、、、えばっちの妄想か幻覚か、、、
 ハナシを戻そう、それでいて、大野萌子氏は、プシ医師達からの積極的カンパを当てにしていた。精神神経学会での募金箱を持っての金集めには、ビックリした。学会最終日の総会議場でのあの光景は、実に異様なモノだった。アレじゃあ確かに、総会の壇上占拠ナンて出来るはずはない。理事会や運営委員会に、当事者を入れろと云う方向に走るハズである。一方キーサン患者会の側は、90年代を通じて、学会レク「カチコミ」をぶちまかしていた。松山学会、長崎学会、大阪学会、長岡学会、仙台学会、高知全家連大会、静岡全家連大会、大阪手帳ヒアリング、我々にとってはレクだった。シンドいキビシい病状を掛けたレクだった。クルシカッタ。精神病患者の病状を伴った怒りの爆発をソノマンマ、レクとして壇上占拠して叫び続けるのである。「造反無理」であった。造反するものに理屈は無いのである。大野萌子氏は「論客になって論破せよ」とのことであった。それが出来得る精神病患者がどれだけ居ると云うのだ。「造反有理」と「造反無理」の対立であった。

 

 

以上

 

 

患者会とはナンなのダ全十五章目録 キチガイのキチガイによる キチガイのための精神病患者会とは ⓯項目に整理して書いてみました

患者会とはナンなのダ全十五章目録

キチガイキチガイによる

キチガイのための精神病患者会とは

⓯項目に整理して書いてみました

精神病患者会を新しく作ることが出来得るのかどうか、応えようと想って書きました。応えるために書ました。今のような世の中で、精神病患者会をドウしたら、ドウしたら新しく作ることが出来るのか、ドウしたら患者会をナントカナントカ残すことが出来得るのか、遺し得るのか、その方法と手立てを、本当に現実的実際的に具体的に提案をするために書きました。それが、真に患者会を遺し残すこととなるからです。だから、自分からお願いして、ココに来ました。実際的な具体策を提案しますので、よろしくお願いいたします。キチガイが生き延びるためには、本当に必要なコトなのです。そのために、以下のように「精神病患者会」のコトを出来うる限りにまとめておきたいと云うトコロから出発致します。

 

患者会の活動(1)>(2)>(3)>(4)

(1)内輪の内向き 食事会とレク、最も最も重要な活動

と云うかセーカツそのもの

(2)内輪の外向き 身近な身近な自分たちが通っている病院診療所や福祉施設などを監視して文句を言う

(3)外輪の内向き お客さんとレクや食事会で交流していく

(4)外輪の外向き 国会学会審議会等々での法律反対やら制度政策提言やら

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患者会の構成A>B>C|D

A>B>C|D

(A)グループ

精神分裂病圏のなかまたち、クスリもおもく、ビョーキもおもく、クチもおもい、シンドいなかまたち、運営において『絶対的拒否権』的なものを有する

(B)グループ

躁鬱病圏躁病鬱病のなかまたち、ゲンキな時もある、クスリも軽い時もある、クチも軽い時がある、字も書ける時もある、予後がヨイ時もある、でも、ひっくり返って何年も出てこれないこともある

(C)グループ

精神医含む看護婦看護士含む医療従事者含む作業所などのスタッフ含むケースワーカー職含む精神福祉従事者含む健常者支援者たち

大体は、精神医療従事者、精神福祉従事者だったのだが、

どういうわけだか

このところ、法律家や、弁護士の方が支援者として必要だと云う、ケッタイな動きもあるようだ

(D)グループ

神経症ノイローゼ不登校引きこもり拒食症AC気味等々の屈折した青年たち、今の世の中ナンデもカンデも『発達障害』と云う言われ方もしているだろうが、キーサン患者会が、前々から言っていたとうりの『健病者』達である

(E)グループ

アル中等々の依存症のみなさん

 

A>B>D|C

D>B>A|C

D>C>B>A

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患者会の病気(イ)>(ロ)>(ハ)

 

心因とは、

内因とは、

 

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患者会の歴史

 

第一次患者会運動の時代

第二次患者会運動の時代

第三次患者会運動の時代は来るのか

前進友の会四〇年史

最初の10年

次の10年、20年

次の10年、30年

次の10年、40年

次の10年、50年にむけて

精神病患者会のタネを

如何に遠くへ更に遠くへもっと遠く

如何に広く更に拡くもっともっと拡く

如何に深く、更に深く、深く深くドコまでも深く撒いておけるか、の闘い。

患者会を『遺し』『残す』最後の努力の時代に突入する

 

患者会が敵対してきた犯人

『見えやすいアクジ犯』とは

『見えにくいアクジ犯』とは

『掏りかえアクジ犯』とは

『無仁義アクジ犯』まで

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患者会の原則と基盤

精神病院を決して許さないのことが原則一である

なかまを決して見捨てないことが原則二である

支えあって生きる生き方そのものが原則三である

そのために我々は「群れ」たその「群れ」を患者会と云う原則四である

この場を守れこの集まれる場を守ることが基盤一である

地を這いずるようなセーカツと想いが基盤二である

原則と基盤が矛盾することがある

矛盾することをおそれてはならないと想う




患者会はナニを目指したのか

この黒矢印↓自体をぶち壊したいわけです

 

 

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患者会のシッパイ

シッパイ其の壱

 患者会を維持するのは、自主独立、自尊自衛、自立自治するのは、結構な手間暇がかかり、時間もかかり、苦労もし、そして、結構な金力と人力と労力と体力と精神力が必要なのであった。しかし、出来るだけ、支援者に頼りたくなかった。ヴォランティアも否定していた。でも、頼らざるを得なかった。だから構成の(C)グループは、健常者の医療福祉従事者が主に為るのである。

シッパイ其の弐

 原則と基盤の矛盾がクルし過ぎた。矛盾のまま、なかまたちの強制入院を患者会が判断してきた。強制入院させられるという恐怖を、唯一理解し合え、また、納得し合え、唯一恐怖を和らげられる、そういう支え合って生きるなかまたちが、精神医や弁護士や第三者機関や適正化委員会などを信用して来なかった、信用できなかったがゆえに、自分たちで活動の(2)の精神病院に入院させてきた。この矛盾を、見つめ続けるのは、クルシいことであった。

シッパイ其の参

 上記の壱も弐も、それは当然のこととして、自らの加害体験をも見つめることであった。我々は、強制医療の専門職能性の、薬の、法律の、福祉の、そして家族の被害者なのではあるが、また、なかまに対しても、あるいは、家族に対しても、加害者になり得る、そのことからも目をそらさなかった。それは、差別とかファシズムとかに対する決定的な対抗軸になるものだったが、つまり、加害者性を自認することがそうなるのだが、これは、理解を得ることも難しく、患者会の中でも、病者個人の中でも、クルしいものだった。

 

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❾内なる差別性

内なる加害者性とも向き合う

それが、患者会!!!

自らの加害者性にも、

眼をそむけないものなのです。

さぁいよいよ具体的なハナシとして

前進友の会40年、やすらぎの里作業所30年、我々は実際に生き続け、セーカツし続け、叫び続け、みんなの部屋を維持し続けてきました。その実際を、赤裸々に語ります。どのような質問もお受けします。

 

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❿前進友の会の日々のセーカツとは

それはやすらぎの里作業所の日々のセーカツなのか?

患者会が運営主体であるところの作業所とはジッサイに?

スタッフ賃金は、ボーナスを、どう決めていますか?

誰が支給しているのですか?

スタッフの採用はどう決めていますか?

通所者の工賃は、どう決めていますか?誰が手渡していますか?

患者会と作業所がどう共存していますか? それとも対立していますか?

患者会と作業所とは、違うんですか? 同じなんですか? 電話番号は一緒じゃないですか?

食事会のメニューをどう決めていますか? 誰がつくっていますか?

昼食の部と夕食の部?午前の部午後の部?

誰がレクを決めていますか?どうやって決めていますか?

レクの段取りは、誰がドンナ風にしているのですか?

お茶の用意は誰がしていますか?

お掃除は誰がしていますか?

そもそも患者会「前進友の会」は、どのように出来たのですか?

そもそも作業所「やすらぎの里共同作業所」は、どのように出来たのですか?

ホントのところ、どのように意思決定がなされているのですか?

総会やミーティングは多数決なんですか?

ミーティングや総会、会議に参加できないなかまがいたらどうするのですか?

ホントのところ、スタッフはどんな立場ですか?

『当事者スタッフ』については、どのような位置づけですか?

作業って、どんなことしてますか?労働なんですか?

『働かない権利』については、どのような位置づけですか? 

そもそも『反社会復帰』『働かない権利』とはどういう経緯で、生まれたものですか?

本当にナンの作業もしない、出来ない通所者も居るんですか? 

本当のところ、みなさんどんな様子で日々過ごしてますか?

作業所に通所できないなかまはどうしていますか?

例えば、入院しているなかまはどうしていますか?

えばっちは、スタッフや理事なんですか?

就職希望者からスタッフを、理事をドウやって決めているんですか?

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⓫観察法苦闘記

観察法に引っ掛けられたミスターとその後

保安処分に対する運動のスタイルの違いも含めて

警察署ではドウだったんですか? 

弁護士さんやご家族とはドウだったんですか?

鑑定入院中の医師や看護士の対応はドウだったんですか?

警察や鑑定入院中のなかまにドウやって面会したり差し入れしたりするんですか?

観察法審判ってドンなモノだったんですか?

なかまが逮捕されたら、まずドンな行動を取ったらいいのですか?

 

 

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 ⓬全国「精神病」者集団的為る在り様と

 地を這う患者会キーサン患者会とのチガイ

 造反有理か造反無理か?

どこがどう対立していたのか?

 何が対立点だったのか?

 セーカツか運動か? キーサンか活動家か?

 叫びか論破か? 集会かレクか? 学習会か食事会か?

 身近なモンダイか国会のモンダイか?

 キーサンなかまか活動家論客か?

 制度政策提言路線かナンデもハンタイか?

 国会に行くか入院中のなかまへ差し入れに行くか?

参考人に為るかキーサンに為るか?

当事者スタッフに為るのが功名かキーサンであり続けるのが光明か?

 

医者が居たら、支援者が居たら、もう患者会とはみなさないのか?

それは、活動家的論客的病者運動ボス的当事者の独裁を担保するだけではないのか?

本当にシンドいおもたい精神病者が集まれる場になるのか?

オモタいシンドい病者をあの鉄の扉の向こうに置いてきぼりにして、国会参考人や講演や学会の理事に、飛び回ってはいなかったのか?

それは、『活動家集団』に過ぎなかったのでは?

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 ⓭桜庭章司さんのコト

桜庭さんの事件って? 

桜庭さんってドンな方でしたか?

桜庭さんとは、ドンな手紙をやりとりしたんですか?

患者会前進友の会としての交流でしたか?

一人の病者としてのオトシマエと精神病者解放運動と患者会活動と?

復讐としてのオトシマエとしての

この桜庭さんの行動を認めるのですか?

 

⓮えばっちの余りに余りに個人的な体験

ドンな両親やドンな家庭環境や学校生活だったのですか?

ドンな地域に生まれたのですか?

ドンな仕事をしてきたのですか?

ドンなトコでドノように発狂したのですか?

ドンな入院セーカツだったのですか?ドンなクスリを飲んでいるのですか?

精神病院入院中にナニがアッタのですか?

ドンな病気なのですか?

患者会の活動やカチコミやセーカツの中でドンなコトが、、?

前進友の会に入ったキッカケは?前進友の会は愉しいですか?

えばっちにとって前進友の会とは、患者会とは?

やすらぎの里作業所の通所者に為ったキッカケは?

生活保護でドンな暮らしをしていますか?

政党セクト宗教団体に入っているんですか?信仰ってアルンですか?

共産主義者唯物論マルクス主義者、それともアナキストなんですか?

趣味ってアルンですか?

結婚してルンですか?

 

⓯権力とドウ対抗していくのか?

ココから先は、患者会ウンドーの場で、キーサンのことしかやらないキーサンエバッチの戯言です。六点だけ、挙げておきます、みなさん、考えてみてください。

 

 『き氏』的なるものに抗して

 『か氏』的なるものに抗して

発達障害』的なるものに抗して

『健病者』的なるものに抗して

 六箇条極め

発達障害的な障害観と当事者観の蔓延、

②「病」者集団型制度政策提言国会参考人的活動家ヒアリング参加型発言者論客路線の当然の帰結

③全精連的全家連的体制翼賛型制度政策提言路線良い子ちゃん型活動家権力媚び売り方針の当然の帰結

④欧米型ロビー活動、欧米型NGO的活動、欧米型選挙活動への憧れとその蔓延とその劣化型猿真似、

市民運動、労働運動、セクト系等々の活動家の高齢化と引退を巡り、後継者不足と運動のすぼまりを、ついつい、この手のヤツ等に次世代として活動家として託そうとしてシマう流れ、

⑥上記全てを見込んで、より操縦しやすい活動家を確保しておきたい『権力』側の巧妙な策略。コレまで使っていた、【当事者性看板型翼賛活動家ボス】を【体制権力べったり権力ソノモのロビイスト活動家博士者下っ引き警察売り渡しボス】に置き換えたい、と云う切なる願い。『路線対立した相手を権力に売り渡すことを平然とする真にベンリな゛反体制゛活動家の育成とコントロール』が出来るとの自信を持っているんですよ『権力』は。

 だからこそ、だからこその、『き氏』批判『か氏』批判なんです、、、

 ①⑤⑥のキーワードは『養育』と『育成』となんです

 ②③④のキーワードは『適正手続』と『第三者機関』に『国家資格』

 そして全体を通してのキーワードは

 『取り込む側』と『取り込まれる側』が共に【巧妙】になり

 『取り込まれたがっている側』が【功名】になったんです

 だから『権力の側』も【光明】が見えて小躍りしているわけです

おそろしい、オソロシイ、恐ろしい、怖ろしい、、、、、



2017年秋起稿 2019年5月16日 一旦完成稿として

精神病患者会前進友の会やすらぎの里作業所

 キーサン革命の鬼えばっち  江端一起

 

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前進友の会やすらぎの里みんなの部屋キーサンセーカツ列伝全十四章「患者自治会のススメ」の副読本として『根拠』として

「患者自治会のススメ」の副読本として『根拠』として

前進友の会やすらぎの里みんなの部屋

キーサンセーカツ列伝全十四章

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第一章 もさん列伝

 精神病院でもシャバでも突き抜けた生き抜くチカラ

第二章 れさん列伝 

 精神病院でもアパートでも仁義ある暮らしぶりの肝っ玉

第三章 ミスター列伝と食事会列伝 

光り輝くキーサンの星ミスターのキーサン人生と

みんなで美味いものをたらふく喰らう

第四章 包丁列伝

 オレたちは最もシビアーな隠しておきたい加害バナシでも

なかまとともに語り合う

第五章 おさん列伝ちさん列伝

  高齢のなかまが精神病院に戻っていく霊安室と共同墓に

第六章 宇宙消滅爆弾列伝 

 社会に対する漠然とした『殺意』とこしあんの関係

第七章 セイチョウ喰い意地『ナチス式敬礼』列伝

みんなの部屋の食事会レベルと与太話レベルの関係

第八章 やすらぎの里スタッフ列伝 

キーサン患者会設立運営『いい加減』労働条件 

第九章 もさん緊急搬送後見人列伝

高齢一人暮らし病者が亡くなっていく、後見人がキメ込んでいく

第十章 みんなの部屋レク列伝

前進友の会恒例喰いしん坊レク一年間数珠つなぎ

第十一章 暴力精神医暴力看護士列伝

看護士精神医の暴力で殺されないようにしなきゃいけない

第十二章 そさん列伝みさん列伝

「良心的依存サセ屋」と「役に立ちたい活動家やりがい七色地獄」

第十三章 みんなの部屋ドウしようもないキーサン与太話恨み節列伝

発達障害断薬断行減薬原理主義療法』に対して恨み節ながら、おれたちはキーサンの仁義を守って、ワァワァ泣きながらゲラゲラ笑って、美味いものを鱈腹食って立ち上がり、街の中に居座り病院の中に居座る

第十四章 えばっち精神病院入院列伝

アレは信州のほぼ一年間の入院セーカツだった

第十五章 えばっちお仕事列伝

シミン社会の辺境から「反社会復帰」「働かない権利」を偏狭に叫ぶ

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 2021/2/1  精神病患者会前進友の会やすらぎの里作業所

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 だから、「病」者集団は、活動家集団から、一歩も出ずじまいだった、のだ。本当に重たい病者中心の患者会ナンて、出来るはずがない。本当に口の重い身体の重い病状の重いクスリの重い病者たちが集まってくるには、そう、やはり精神医は必要なことだったのだ。重たい病者たちは、活動家風の健病者風の患者を、最初のとっかかりには決して信用はしないのだ。

Ⅲ. 全国「病」者集団的なるものとの対決

 ところが不思議なことに全精連為る団体が93年に、厚生省の役人を発足大会に来賓として迎え、鳴り物入りで出来上がってくるのである。何が不思議かと言えば、各地の特色ある患者会は段々と活動を縮小していっているときに全国の連合体が出来ていったのである。ご丁寧なことには、県連と云うものもできていった。本当に実態があったのだろうか。現在の全精連の現状を考えてみれば、答えはおのずから明らかであろう。もう一つおまけには「病」者集団はこの動きに対して「歴史的な意義がある」として賛成しその宣伝ビデオに赤堀さんまで出演させてしまった。当時、不思議でかなわんかった。だって、全国「精神病」者集団と云う歴史ある全国組織があるのだから、結集したければソコに結集すれば良いことだったから、、、

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「地を這う」ように各地にあった患者会は、結局はその「病」者集団にも、新手の全精連にも積極的に合同していこうと云う動きには為っていかなかった。では何故にそうはならなかったのか。結論から言えば、このあたりから、「ごかい」「藤枝友の会」「前進友の会」と云う「キーサン患者会」「地を這う患者会」と自称していた我々と「病」者集団との対立が決定的になっていったのである。それは、当事者運動総体の歴史から見れば、ある種不幸なことだったかもしれない。もちろんその責めはえばっち自身もキーサン患者会も負わねばならぬが、また、大野萌子氏も「病」者集団も負わねばならぬだろう

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 ここで重要なのは、本質的には、大野萌子氏と対立していたのであって、山本真理氏と対立していたと云う事ではない事だ。山本氏は大野氏の『代貸』に過ぎなかったのだから、当然であろう。90年代を通して我々が対立していたのは大野萌子氏の路線であった。70年代80年代、偉大な先駆者であり指導者だった大野氏は、誰もが敬い「世話になった」と言うほどの存在であった。それは確かなことだと想う。当事者としての大野氏の存在がどれほどのものだったのか、全国精神「病」者集団がどれほどの存在であったのかは、筆者が書く必要もあるまい。この資料集成のそこかしこにちりばめられているはずである。だが、その「偉大なる」大野萌子氏も、赤堀さんを奪還して以後は決定的に路線を誤った、とそう想う。90年代以降、個人的にも運動体としても誰もが逆らい得ななかった大野氏に面と向かっておかしいと言い始め、問い続けたのが、キーサン患者会だったわけだ。

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 はっきりとした対立軸は、ナンだったのだろう。全精連をどう規定するかは、大きかった。キーサン患者会は「アリャ御用団体だ」とそう公言していたところに、「病」者集団は「歴史的意義がある」と、言ってしまった。手帳制度の問題も大きかった。大阪での手帳のヒアリングを「ごかい」がカチコミを掛けて、完全に粉砕してしまったぐらいだった。我々は反対の立場だった。保安処分の『監察札』になってしまうぞ、と言っていた。一方「病」者集団は精神障害者にも手帳をとばかりその名も『赤い手帳』が欲しいと、ニュースに書くありさまだった。大野氏の路線だった。この辺から「制度政策提言路線」に急速にはまり込んでいく。その延長線上に山本真理氏や関口明彦氏らの活動家が、30万を超える入院中の患者を、圧倒的なナニも知らずに呻吟している病者を鉄格子とあの厚い鉄の扉の向こうに『置き去りにしたまま』国会の参考人になったり与党か野党か知らんが政党の検討委員やナンかの公的な機関の審議委員やあまつさえ精神医の学会の理事に為ったりしていった。それどころか、自分に敵対する者の口を封じるのに刑訴や民訴や第三者機関やらの権力に売り渡すことまで平然として、他の患者を脅しながら自分から手を挙げて国会の参考人になりに行くという桐原尚之氏のような若手を作り出してしまった。大野萌子氏の「病」者集団型制度政策提言政治活動家論客路線の当然の帰結であろう。

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 しかし、そもそもの対立軸は、根本的な精神病患者会の存在自体をどうとらえるかと云う点にあったと想う。「病」者集団の立場は、つまるところ、大野萌子氏は、常々こう言っていた。「医者が作ったものは、患者会とは認めない、だから「ごかい」や「藤枝友の会」は、患者会では、ないのだ」と。これは、筆者が、「病」者集団の事務局会議に参加していたときに、直接そう聞いた。コレを聞いたとき、チガウなぁぁぁぁぁーーと想った。実際に「藤枝友の会」や「ごかい」の食事会に参加させてもらっていて、ソウ感じた。デモ、なんとなく、少しは、少しは、当たっているようにも想えた。「ごかい」と笠陽一郎医師との関係や「藤枝友の会」と中江清員医師との関係のことを言っていたのだろうが、そうはっきりと斬って捨てられるような薄ぺらたいものではないんですよ。だが、その上で、笠医師も中江医師も、精神医たちは相当強く患者会の意思決定に影響を与えているのもまた事実であった、と、そう想う。それを全否定してしまうのもまた、事実とはチガウと想うのである。今にして想えば、相互にその微妙なトコロを理解し合えていれば、と、そう想う。患者会とはキーサンのセーカツと病状と支援者のノリの上に微妙に成り立っているものなんですよ。

 キーサン患者会、全国の地を這うような患者会とは、本当に、重たい病者中心のセーカツ共同体的な側面が強かった。だからこそ、レクと食事会であった。一緒によく飯を喰った。患者会には患者会独自の味があるのです。「藤枝友の会」の駿河親子は、うまかった。「ごかい」で食べたあのカレーの味は忘れられない。「福岡わらび」のあの博多水炊きは激ウマだ。「しんまつ」で食べた、あれはナンだったのか冷しゃぶだ、美味しかった。たしか「ごかい」でも食べた。みんなで、お皿を回して、あれは高知全家連大会にカチコム前日の夕食だったか帰ってきてからの夕食だったか。だから、「病」者集団の食事会に参加させてもらっていた時に、コレは患者会の食事会じゃないな、会議参加者の休憩時間だなとは想ったし、「病」者集団の名古屋分会「ゼロの会」の食事会は、確かに患者会の食事会にはチガいないものの、参加者全員が大野萌子氏に過剰なくらいのおべっかを使いながら食べているのがよく分かった。本当に過剰なまでの阿諛とお追従に満ち満ちていた。味なんか忘れてしまった。そうそれは、患者会の食事会ではなかったのだ、まさしく、大野萌子氏を囲む会だったのだし、大野萌子氏の食事会であった。
 

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だから、「病」者集団は、活動家集団から、一歩も出ずじまいだった、のだ。本当に重たい病者中心の患者会ナンて、出来るはずがない。本当に口の重い身体の重い病状の重いクスリの重い病者たちが集まってくるには、そう、やはり精神医は必要なことだったのだ。重たい病者たちは、活動家風の健病者風の患者を、最初のとっかかりには決して信用はしないのだ。

だって、部屋長と配膳係と、そしてすぐに退院していくヤツ等なんだから、、ソコのトコロを分かってはいないと、キレい事風の活動家集団になるだけのコトだ。そしてそのキレい事が、大野萌子氏の独裁体制を担保していた。ジッサイのところ、本当に患者会を作り、維持し、活動し、セーカツし続けていくのは、ムズカシイことなのだ。その最初のとっかかりに、そしてその継続にも、精神医や医療従事者や、健常者や健病者達は、必要だったのだ。モンダイは、その後、患者会側と、精神医とが、どのような関係性を構築するか、なのだ。特に、主治医ー患者関係にある精神医が、患者会の設立メンバーである場合には、その関係性によって、患者会側の主体性と精神医側の医療内容が、問われることに為るの、だ。患者会を維持するにあたっても、実は、健常者も、精神医も、そして、健病者も、居る必要があるのだ。だって、維持するには、ケッコウな金も、パワーも、手仕事も、必要になってくる。精神病患者会とは、結構な手間ひまと気力体力が必要なのである。その時の役割分担を考えてみたら、よい。モンダイは、分裂病圏、うつ病そう病躁鬱病圏、精神医はじめ支援者達、AC気味不登校気味やノイローゼや神経症圏の屈折した青年健病者達、四者の関係性に在るのだ。役割分担の在り方と、発言力の調整と、人間関係にアルのだ。支援者としての、形式会員でよい我が医療の監視をしてくれ、口は出さぬが手は貸そう、口も出さぬしカネも出さぬがヤレルことはヤルと云う精神医、看護婦看護士、ワーカーが必要なのだ。だが、発言力に制限を設けねばならぬ、そして、ドウいうなかまたちの意向が、まず優先なのか、、、、なのだ。ソコの微妙なトコロを分かり合えなかった「病」者集団も伝えきれなかったキーサン患者会も相互に誤っていたのだ。今なら、両方の誤りが見える、気がするのだが、、、、えばっちの妄想か幻覚か、、、

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 ハナシを戻そう、それでいて、大野萌子氏は、プシ医師達からの積極的カンパを当てにしていた。精神神経学会での募金箱を持っての金集めには、ビックリした。学会最終日の総会議場でのあの光景は、実に異様なモノだった。アレじゃあ確かに、総会の壇上占拠ナンて出来るはずはない。理事会や運営委員会に、当事者を入れろと云う方向に走るハズである。一方キーサン患者会の側は、90年代を通じて、学会レク「カチコミ」をぶちまかしていた。松山学会、長崎学会、大阪学会、長岡学会、仙台学会、高知全家連大会、静岡全家連大会、大阪手帳ヒアリング、我々にとってはレクだった。シンドいキビシい病状を掛けたレクだった。クルシカッタ。精神病患者の病状を伴った怒りの爆発をソノマンマ、レクとして壇上占拠して叫び続けるのである。「造反無理」であった。造反するものに理屈は無いのである。大野萌子氏は「論客になって論破せよ」とのことであった。それが出来得る精神病患者がどれだけ居ると云うのだ。「造反有理」と「造反無理」の対立であった。

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六花出版 「精神障害者問題資料集成 戦後編第十巻患者会運動」 所収原稿

2017年11月14日

精神病患者会前進友の会やすらぎの里作業所

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 Ⅱ. 地を這う患者会列伝 大体が、名前からして全く違う雰囲気を醸し出している。愛媛松山の「ごかい」(言わずと知れた「わしらの街じゃあ」「天上天下病者反撃」のキーサン患者会の親分である。キーサン患者会、地を這う患者会の希望の星であった)静岡藤枝の「藤枝友の会」(地元の精神病院内の患者自治会から発展して地域患者会として作業所に変化も拒否し、徹底して会員の会費だけでたまり場を維持し続けている類まれな患者会である)

六花出版 「精神障害者問題資料集成 戦後編第十巻患者会運動」 所収原稿「患者会運動の資料を史料として残すための羅針盤として」

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Ⅱ. 地を這う患者会列伝

 大体が、名前からして全く違う雰囲気を醸し出している。愛媛松山の「ごかい」(言わずと知れた「わしらの街じゃあ」「天上天下病者反撃」のキーサン患者会の親分である。キーサン患者会、地を這う患者会の希望の星であった)静岡藤枝の「藤枝友の会」(地元の精神病院内の患者自治会から発展して地域患者会として作業所に変化も拒否し、徹底して会員の会費だけでたまり場を維持し続けている類まれな患者会である)

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神戸の「ニューカトレア会」(阪神三人衆と言われたカチコミの親分達が言っていた、山本深雪氏が大阪人権センターだの大精連だのと目立ち始める前は、ここにパラシュートして来て元々から居るような顔して、クスリ飲んでるとこなんかいっこも見たことない、と)博多の「福岡わらびの会」(今現在に至っても手書きの会報を発行し続けている凄いトコロである)東京亀戸の「新松橋亭」(しんまつと親しみを込めて呼んでいた。東京の下町で、「天上天下病者反撃」を読んで感動して作ったのだとのことで、クボタクリニック脱藩組の支援者たちもナカナカの人物である)大阪高槻の「灯会」(言わずと知れた精神病患者会の老舗中の老舗、俳句を作り続けている)堺の「ガンバロー会」(全国各地にあった精神病院の患者自治会出身の会である。このころは、浅香山病院、岩倉病院、光愛病院等々の全開放を目指した病院には、もれなく患者自治会があったものである)住吉の「旅立ちグループ」松江の「つぼみ会」「麦の会」山形の「こまくさ会」信州の「プチノマド」「ひなたぼっこの家」広島の「モスク」(南座を惜しむすき者の会の頭文字をとったそうである)名古屋の「雑草会」清瀬の「一寸五分の会」(ここの会報は毎回面白いものだった)岡山の「すばる」鹿児島の「わかち会」土佐の「西風の会」北海道の「すみれ会」(回復者クラブと自称し始めた最初だと想う。道回連も名乗っていたかも。その後セルフヘルプグルーブだのマインドだのと、イロイロな名乗りがうまれたが、その後どうなったのだろうか。但しココは、セーカツの匂いはとてもしていたと想う)東京の「友の会」(患者会の元祖かもしれない)富山の「ルナの会」福井の「らばの会」いや「ろばの会」だったか記憶が定かではない。

 キリスト教系を前面に打ち出した「心の泉会」(各地の教会に集う月一くらいのたまり場をたくさん網羅していたので、考えてみれば、ココこそがある種実質的な全国的連合体だったかもしれない)全国「病」者集団の名古屋分会「ゼロの会」京都分会「ひまわりの会」全精連の県連としてあった「松ぼっくりの会」(ココは本当に患者会としてのセーカツの実質があった)全精連とは独立した立場の「兵精連」(全精連系の活動家が名乗る前に勝手に名乗ってしまおうと云うノリであった。実質はあったのかなかったのか)「大精連」(「病」者集団とも全精連とも独立した第三の制度政策提言路線政治大好き山本深雪氏の牙城と言っていいだろう)などもある。

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 そして我が京都山科の「前進友の会」(1976年十全会病院を脱走した病者、命からがら退院した患者、アルバイトスタッフだった学生たちで結成した。初期のころは学生部隊の反十全会闘争と多彩なレクに特徴があった。88年からは、患者会が設立母体で運営主体である共同作業所も運営しつつ)である。こうやって、ココに想い付く限りの患者会の名前を並べ得ただけでも、書かせてもろうただけでも、ありがたいことなのである。地を這うように70年代から80年代にかけて、精神病患者同志のレクと食事会とたまり場から澎湃としての沸き起こり活動を続け、全国ドウタラとか少しもかかわりも持たず、90年代少しづつ減っていきそして大方は21世紀には、消えていた。

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六花出版 「精神障害者問題資料集成 戦後編第十巻患者会運動」 所収原稿

2017年11月14日

 

精神病患者会前進友の会やすらぎの里作業所

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地を這う精神病患者会のキーサン革命の鬼えばっちとしては、全国「精神病」者集団は山本氏を中心とする絆派と、桐原氏・関口氏を中心とする運営員会派に分裂したと云うのが、歴史的な真実であると認識しなければならないと想う。

地を這う精神病患者会のキーサン革命の鬼えばっちとしては、全国「精神病」者集団は山本氏を中心とする絆派と、桐原氏・関口氏を中心とする運営員会派に分裂したと云うのが、歴史的な真実であると認識しなければならないと想う。

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『分裂』なのであって、『分裂騒動』なのであって、それ以外のナニものでもないと、想うのである。

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しかも、この分裂騒動の発端となったのは、絆派からの運営委員会派の一員に対する「セクハラ問題」の提起だったと想うのだが、そもそも、その問題が行方不明と為ってしまった。刑訴までつこうてまで、して、行方不明にしていった。行方不明にしつつ運営方法の問題に話がすり替わって、分裂騒動に移行したというふうに、えばっちからは見えた。

しかも、運営員会派の『障害学系学閥』が意図的にそうしたと云うふうに見えた。さらには、運営上の問題に話がすり替わっていき散々揉め抜いた挙句に、とにもかくも一種の「協定」が結ばれ、双方ともに「全国「精神病」者集団」という名前を使わないという約束をし、御大層なことだが、弁護士はんや学者はん等の「保証人」さんみたいな人たちまで頼んできて、協定書を作り、双方サインした上で公表したミタイなのだが、一方の運営員会派がその約束を堂々と破っているのには、驚いた次第である。

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フツー、ここまでしたら、両派ともその協定は守らなアカンと、想うのだが、驚いたことに、運営委員会派は理屈にならないような理屈をつけて、しかも、絆派が会員交流集会を開いて新しい団体名を決めたのを確認してから、協定を破ったようにキーサンセーカツの鬼えばっちからは見えた。ありていに言って、このやり口は『騙し討ち』としか言い得ないものであり、キーサンの最低限の『仁義』すら知らないのか、無視してもエエと云うコトか、狡賢い、恥を知らぬやり方だと想った。

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2021年2月21日起稿 6月30日脱稿予定

精神病患者会前進友の会やすらぎの里作業所

 キーサン革命の鬼 えばっち  江端一起

 

 

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